「経済指標も、収入も、家賃も、生活水準も地域によって違うのに、全国ワンプライスなのはおかしい。客数を減らさず利益を最大化するベストプライスは、地域ごとに違うはずです」(原田CEO)

外食チェーンでは、これまで日本全国どのお店に行っても、同じメニューなら同じ価格なのが当たり前だった。その業界の“常識”を、2007年6月に原田CEOが覆した。その戦略が成功するかどうか、業界関係者は注意深く見守っている。

地域によって同一商品の価格に差をつける「地域別価格」。東京、神奈川、大阪、京都の全1255店で価格を大幅に引き上げ、宮城、福島、山形、鳥取、島根の五県の130店では価格を下げた。全国均一で580円だったビッグマックセットは、大幅値上げ地域では640円と60円も高くなり、値下げ地域では560円と20円安くなった。

マクドナルドの、アルバイト時給の都市部と地方の格差は、最大約200円。店舗賃料においても、2007年1月1日現在の公示地価は東京都の商業地が14.0%上昇したのに対し、地方は平均で2.8%下落している。

「地域別の消費者物価や県民所得、路線価、人件費上昇率などを分析すると同時に、1年間かけて、過去5年間分の何十億枚ものレシートを分析し、購買動向を徹底的に調べたのです」(原田CEO)

特徴的なのは、コストに基づいてプライスを決めるのではなく、地域ごとの、顧客の「プライス・センシティビティ」(価格への受容性)を数値化する「デマンドベース・プライシング」という価格設定手法をとった点である。顧客が(この値段なら納得して払える)と思える価格に原田CEOは注目し、地域ごとに調べ、それをふまえてマクドナルド本部主導で、値決めしたのだ。

「都心の店舗で、コストの上昇分を、そのまま商品の値上げに反映したら、顧客は離れてしまう。値段を上げて客数が減るくらいなら、値段を変えずに客数を保つほうがずっとまし」

コストを価格に乗せていたら、値上げは60円では収まらなかったという。

「うちの都合だけで価格を決めたら失敗する。顧客感情と、利益のバランスをよく見極めて判断しなければ、地域別価格もうまくはいかなかったでしょうね」

2007年6月に導入したが、7月の全店売上高は8.8%、客数は9.5%の伸び率だった。この結果をふまえて計画を前倒しし、上げ幅を3段階に分けた。この結果、全3840店中、9割が値上げ店となったのだ。

「地域別価格」の成功にはもうひとつからくりがある。値上げ店でも客数が増えたのは、同時期に期間限定クーポンを大量配布したため(詳細は後述)。その結果、7月の客単価は前月比マイナス2.6%、実際には、値上げ前より安い価格での利用者が多くなった。

マクドナルドの価格は、今や「時価」で捉えるべき時代になった。

【McDONALD'S DATA FILE(1)】

外食チェーンで、「地域別価格」は新常識に?

ビッグマックセットで、東京都や大阪府は60円の値上げに対し、宮城県や鳥取県では逆に20円の値下げになった。今回の「地域別価格」に、某マクドナルド店長は「驚きはない。マクドナルドの利益は、顧客単価の高い地方店舗が、顧客単価の低い都市店舗を支える構造。地域によって価格が違うのは理にかなう」。

(田中靖浩=取材協力 大沢尚芳=撮影 ライヴ・アート=図版作成)