いとこに「軍関係のいい仕事」と紹介され…

目の前に現れた女性は、身長170センチ、モデルのような体形だった。

北京市内の民間企業の受付で働く23歳。色白で、口尻にえくぼの出る微笑が印象的だ。

内陸部の農村出身。17歳のとき、軍で働くいとこから、「北京で軍関係の良い仕事があるから来ないか」と誘われた。アパートも手配してくれて、報酬も同年代の友人の倍以上もらえるという。二つ返事で受け入れた。

北京に着くとすぐに、いとこと一緒に「局長」と呼ばれる軍幹部と会った。

「局長」はある欧米人男性の写真を見せながらこう命じた。

「あなたには特務をしてもらう。この男性に接触して身辺情報を集めてくるように。あと、任務のことは一切、他言してはならない」

対象男性の職業や名前は教えてもらえなかった。ただ、北京市中心部の繁華街、三里屯にあるバーの店名と住所だけを告げられた。カナダやオーストラリア、ドイツの各大使館の近くにある。対象男性の行きつけだと説明された。

女性は翌日の晩、指定されたバーに向かった。ダンスホールでは、外国人客が大音量の音楽に合わせて踊っていた。地元の農村では外国人を見たことがなく気後れしたが、見よう見まねで体を揺らしていると、男性客から次々と声をかけられた。

そのうちの一人に対象男性がいた。

写真で見た通りだった。流暢りゅうちょうな中国語で「一緒に飲もう」と声をかけられた。話している内容から、大使館で働いていることがわかった。誘われるまま、バー近くにある男性のマンションに向かった。

「マッサージ師」として潜入を命じられた

翌日、女性が「局長」に成果を報告するとほめられた。報酬として数千元(1元=約16円)をもらった。そして「交際」を続けるよう言われた。男性の出張予定のほか、同僚の名前や行動についても聞き出し、毎月1回のペースで報告するように指示された。

この女性はサウナ店への潜入を命じられたこともあったという。中国のサウナ店にはマッサージが併設されていることが多い。中国では売春は違法だが、裏で性的サービスを提供することもある。

峯村健司『潜入中国 厳戒現場に迫った特派員の2000日』(朝日新書)

「局長」から指示されたのは、北京市内で大使館や外国企業が集まる地域にある高級サウナ店だった。そこで「マッサージ師」として1カ月ほど働いた。タンクトップにミニスカート姿で、対象男性らに「治療」にあたった。マッサージをしながら売春をするように誘惑した。自身は売春はせず、別の性的サービスをする女性と入れ替わった。その後、対象男性がどうなったのかはわからないという。

女性は2年ほど働いてこの仕事から足を洗った。

「いとこから『愛国のために協力してほしい』と言われたので始めたのですが、将来性がなく、苦労のわりに稼ぎが良くないのでやめました。やはり人をだますことには罪悪感がありました」

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