上海の日本総領事館で自殺した40代男性
日本も対岸の火事ではない。
2004年5月、中国・上海の日本総領事館に勤務していた40代の男性領事が中国側から外交機密に関連する情報などの提供を強要されていたという遺書を残し、総領事館内で自殺した。領事は外務省と総領事館の暗号通信を担当していた(※1)。
(※1)「公電通信担当の上海総領事館員が自殺 『中国が外交機密強要』と遺書」(読売新聞2005年12月27日朝刊)
この領事は、ある中国人女性と交際していた。この女性は上海市内のカラオケクラブ店に勤めており、2人はこの店で知り合ったという。中国のカラオケクラブは、個室になっていることが多く、ホステスが同席する。この店の名は「かぐや姫」。日本総領事館をはじめ日系企業の事務所が集中する市西部の虹橋地区にあり、客のほとんどが日本人だったという。
しだいに、中国の情報機関である国家安全省の当局者がこの女性を通じて領事に接触してくるようになり、総領事館内の内部情報を求めてきたという。事件の内情を知る日本政府関係者は次のように証言する。
「この領事は遺書で『一生あの中国人たちに国を売って苦しまされることを考えると、こういう形しかありませんでした』と記されていました。自身が担当していた暗号通信の情報を渡すように脅されると考え、自らの命を絶ったようです。邦人が最も多く住む上海には、情報機関とつながりがある日本人向けのカラオケクラブ店が多数あり、『かぐや姫』もその一つでした」
「かぐや姫」の女性に入れ込んだ1等海曹
「かぐや姫」に通っていたのは、この領事だけではなかった。
上対馬警備所(長崎県)に勤務していた40代の1等海曹が2006年8月、無断で海外旅行を繰り返していたとして停職10日の懲戒処分を受けた。海上自衛隊によると、1年2カ月の間に8回にわたって計71日間、上海に渡航していた。親しくなった「かぐや姫」の女性に会うためだったという。この海曹はこの年の2月、持ち出し禁止の内部情報を基地内の隊舎に保管していたことが発覚し、口頭注意の処分も受けている。海上自衛隊は、「渡航と持ち出しは無関係。内部資料を海外に持ち出したり情報を漏洩したりした事実はない」とする調査結果を公表している。
だが、警察当局によると、海曹は現金約350万円を女性に送金するなど「資金援助」もしており、2人の親密ぶりがうかがえる(※2)。さきの領事のケースを考えると、中国の情報機関が、この女性を通じて海曹に接触していた可能性は否定できない。
(※2)「上海カラオケ店の謎 スパイ拠点? 警察強い関心 海自1曹無断渡航」(朝日新聞2006年8月5日朝刊)
プロのエージェントだけではなく、留学生や研究者からホステスまでを使い、きわめて幅広く情報を集めている中国の手口が浮かび上がってくる。
あらかじめ狙いをつけた対象者からピンポイントで情報をとるのではなく、広く網をかけてすくい上げる。こうして収集した膨大な情報から有用な情報を抜き出すやり方だ。
中国の情報活動に詳しい日本政府関係者はこう認める。
「中国による人を使ったスパイ活動は、質量ともに世界最大規模と言える。だが、あまりにも多すぎて、全体像すらつかみ切れていないのが実情だ」
では、いったいどのような女性がどのようなきっかけでスパイ活動に手を染めるようになるのだろうか。
実際にスパイ活動に携わっていたという中国人女性から話を聞くことができた。