かつての兄貴と邂逅し、再びその道へ
「お前、クロダか?」
見覚えのある顔。しばらく会っていなかったが、すぐにわかった。少し老けたように見えるが、一度は本気で憧れた男。
それはかつての兄貴だった。
その日は、ほんの立ち話で終わった。兄貴はいま事業を展開しているとかで羽振りもよさそうだった。クロダさんは真新しい名刺だけを受け取り家に帰った。3日が過ぎ、1週間が過ぎた。クロダさんは名刺の番号に電話をかけた。
最初はただ、旧交を温めるつもりだった。実際に兄貴と会っても酒は断ったし、昔話に花を咲かせ、楽しい時間を過ごした。
しかし、その日からクロダさんのなかで決定的に何かが変わった。
「いったい、どうして電話をしたんですか? また、いろいろ誘われたりするのはわかっていたはずなのに……」
「そうですね。その通りです。なんでなんだろう……。なんていうか本当に、アパート生活はうまくいっていたんです。俺も満足していました。いや、これで満足なんだって、思い込んでいたのかもしれません。兄貴と会ったあの日から、なんというか血がうずくようになったんです。一生、役所と病院と自助グループとスーパーを往復するだけの人生でいいのかって……。ハローワークに行っても、前科者で病気持ちの俺を雇ってくれるところなんてないし。俺の人生、このまま終わってもいいのかって……」
クロダさんが、心なしかみるみる小さくなっていくように見えた。
「……さみしかった」
しばらくの沈黙のあと、クロダさんはぽつりと言った。
「そう、さみしかったんです。俺は生きている実感がほしかった。まだまだ俺はやれるって、そう思いたかったんです。本当に、本当にやり直したかった。でもあのままでは、あのアパートにいたままではダメだったんです。最後にひと花咲かせてやろうって……またバカなことを……」
どうしようもない孤独に耐えられず自ら破滅へ
接見の時間が終了したことを警察官が事務的に告げた。僕はクロダさんに一礼してから部屋を出た。クロダさんの罪状は覚せい剤の所持と使用。彼は罪を全面的に認め、裁判でも争わず、いま再び刑に服すことになった。出所から半年も経っていなかった。
僕自身はその後も、出所者の支援や、受刑中の人の相談、元暴力団員の人の支援を引き受けていたが、クロダさんのことはいまもずっと気がかりに思っている。
「さみしかった、か……」
彼は、どうしようもなく孤独だったのだろう。もちろん、彼が犯した罪は決して許されるものではない。しかし、彼はアパートでの普通の生活よりも、兄貴とのつながりに心を満たされた。
それが社会的に正しい道でないことを、いつかは自分自身を破滅に導く道であることを承知しながらも、兄貴のもとに走ったのだった。
クロダさんからは、いまも定期的に手紙が届く。
そこには、美しい桜の刻印が押されている。