「子どもの命と人生」を救う
虐待通告があるたび、児相は難しい判断を迫られるが、浅田さんの考えは、親子が一緒に暮らす道をギリギリまで探りつつ、虐待の危険性を冷静に見極めること。これを基本線としてきた。
ともに虐待対応に当たる部下の女性保健師(46)から見れば、浅田さんは「誰よりも危機感が強く、いつも最悪の事態を考えている」存在という。
そんな浅田さんは、今でも「事件」の恐怖感を拭えないままだ。緊急の対応に備え、早朝から深夜まで職場から離れず、会合などがなければ飲酒もしない。そして、すべての子どもを保護することで解決が図れるわけではないこともわかっている。
部下には、自戒の思いも込め、いつもこう説いている。
「我々は専門家である以上、『精いっぱいやった』ではダメだ。子どもを救えなければ意味がない」
救うのは、子どもの命であり、人生。10年前のつらい経験を経て、その思いが揺らぐことはなくなった。
死亡例の検証が5割にとどまる背景
児童虐待で子どもが命を落とす悲劇は、今も全国各地で後を絶たない。死亡例は、都道府県や政令市など、児童相談所を設置する自治体が2012~15年度に把握しただけで255件に上る。
なぜ救えなかったのか。
それを考えるうえで、まずは死亡に至った事例の検証が欠かせないが、読売新聞が2017年に調査をしたところ、事例255件のうち、自治体が検証を実施していたのは5割にとどまっていた。厚生労働省は、児相を設置する全69自治体にすべての死亡事例を検証するよう求めているが、警察など関係機関との情報共有の難しさや職員の不足などから検証が進んでいないのが実態だった。
児童虐待防止法は、国と自治体が重大な虐待事例を検証するよう規定しており、厚労省は2011年、自治体にすべての虐待死事例を検証するよう通知した。読売新聞は2017年6~7月、これらの69自治体に通知後の検証状況をアンケート調査し、すべての自治体から回答を得た。その結果、2015年度までの4年間に自治体が把握した死亡事例(心中を含む)計255件(死者291人)のうち、検証が実施されたのは51%にあたる130件(同147人)。また、虐待死があったと回答した56自治体のうち、6割以上の35自治体で未検証の事例があった。