サインの「出し始め」は小学2年生から

私もかつて、少年院に入るような少年たちの生活歴は特別にひどいものだと思っていました。確かに、被虐待歴、家庭内暴力、親の刑務所入所、離婚なども見られるのですが、全員に共通した項目ではなく、むしろ冒頭に挙げた特徴の方が共通していたのです。そして、医療少年院で働く中でさらに気付いたのは、少年院に入る少年たちが特別にひどいのではなく、彼らはこういったサインを小学校・中学校にいる時から出し続けていた、ということでした。

非行少年たちの調書から成育歴を見てみると、先ほど挙げた特徴はだいたい小学2年生くらいから少しずつ見え始めるようになります。これらの背景には、知的障害や発達障害といったその子に固有の問題や、家庭内での虐待といった環境の問題があったりします。

しかし、逆に友だちから馬鹿にされ、イジメに遭ったり、親や先生からは「手がかかるどうしようもない子だ」と思われたりして、単に問題児として扱われてしまい、その背景に気付かれず、結果として問題が深刻化しているというケースもあります。このような子どもたちは、学校にいる間はまだ大人たちの目が届きますが、学校を卒業すると支援の枠から外れてしまいます。

少年院で、ある16歳の少年と面接したときのことです。彼は中学を卒業後、仕事につきましたが、幼女への強制わいせつを犯して逮捕され、少年院に入ってきました。彼に、少年院を出た後、高校に行くつもりはないか、と尋ねると、こう答えました。

「勉強でイライラしてしまう。高校に行けと親から言われて塾に通ったけど、全くついていけず、ストレスがたまって生活もめちゃめちゃになった。小学生の頃から勉強がきつかった。それでイライラして悪いことをやった。もし特別に支援を受けていたら、ストレスが溜まらなかったと思う。(療育)手帳が取れるなら取りたい」

彼はこちらから療育手帳や特別支援教育のことを伝えっていなかったのに、自らその必要性を感じ、訴え続けてきたのでした。しかし、周囲の大人から理解されることはありませんでした。もし小学校で特別支援につながっていたら、彼も少年院には来ていなかったし、被害者を作らなかった可能性もあったのです。

「クラスの下から5人」の子どもたち

では、特別な支援が必要ながら、気づかれていない子どもたちは、どのくらいいるのでしょうか。

現在、知的障害は一般的にIQが70未満で、社会的にも障害があれば診断がつきます。これら知的障害の定義は、米国主導で行われてきました。アメリカ精神医学会による「精神障害の診断と統計のマニュアル 第5版(DSM‐5)」以降は、知的障害の診断からIQの値が外されましたが、実際の医療や福祉の領域では依然としてIQの値は使われています。

現在、一般に流通している「知的障害はIQが70未満」という定義は、実は1970年代以降のものです。1950年代の一時期、「知的障害はIQ85未満とする」とされたことがありました。IQ70~84は、現在では「境界知能」と言われている範囲にあたります。しかし、「知的障害はIQが85未満」とすると、知的障害と判定される人が全体の16%くらいになり、あまりに人数が多過ぎる、支援現場の実態に合わない、など様々な理由から、「IQ85未満」から「IQ70未満」に下げられた経緯があります。

ここで気付いて欲しいことがあります。時代によって知的障害の定義が変わったとしても、事実が変わるわけではないことを。IQ70~84の子どもたち、つまり現在でいう境界知能の子どもたちは、依然として存在しているのです。

では、これらの子どもたちはどのくらいいるのでしょうか。知能分布から算定すると、およそ14%いることになります。つまり、現在の標準的な1クラス35名のうち、約5人いることになります。現在の学校では、このようにクラスで下から5人の子どもたちは、周囲から気付かれずに様々なSOSのサインを出している可能性があるのです。