心理学者ルイスとフェアリングは、そのことを証明しようと試みた。幼児期に親との愛着関係の状態を評価された子どもたちが成長し、大学生になったときに、現在の適応状態を調べると同時に、自分の幼児期を回想させ、評価させた。

現在の心のありようで過去の印象は変わる

その結果、青年たちによる自分の子ども時代の評価は、実際に子ども時代に評価された親との愛着関係の良否とは関係がなく、むしろ現在の適応状態と関係していることがわかった。つまり、幼児期に親との愛着関係が不安定とみなされた人物が、安定しているとみなされた人物と比べて、自分の幼児期を不幸だったとか不安定だったと回想するかというと、そのようなことはなかった。

榎本博明『なぜイヤな記憶は消えないのか』(KADOKAWA)

結果をみると、自分の幼児期を否定的に回想する人物は、肯定的に回想する人物と比べて、現在の生活に適応していないといった傾向がみられたのだった。ここからわかるのは、自分の幼児期をどのように回想し、評価するかは、実際に幼児期がどうだったかよりも、現在の生活がどうであるかによって決まるということである。

これは、私たちが現在の視点から過去を再構成していることの証拠といえる。現在の自分自身の心理状態が、過去の振り返り方を決める。

つまり、回想することで引き出された自伝的記憶には、現在の自分のあり方が色濃く反映されているのだ。ゆえに、自伝的記憶を掘り起こすことは、自己理解を深めることにつながっていくのである。

榎本 博明(えのもと・ひろあき)
MP人間科学研究所代表
心理学博士。東京大学教育心理学科卒業。東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授などを経て現職。『なぜ、その「謙虚さ」は上司に通じないのか?』、『「忖度」の構造』ほか著書多数。
(写真=iStock.com)
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