複数の基軸通貨の競争によって働く「通貨のガバナンス」
ドル基軸通貨体制においては、唯一の基軸通貨だけしか存在しないことから、世界の経常取引および資本取引において通貨の交換の効率性は高い。他方、複数基軸通貨体制においては、基軸通貨が複数存在することから、基軸通貨間で取引費用を要するようになるので、通貨の交換の効率性は低くなる。交換の効率性の視点からは、ドル基軸通貨体制のほうが望ましいといえる。
しかしながら、通貨のガバナンスという視点からは、73年のブレトンウッズ体制の崩壊、85年のプラザ合意、90年代後半から現在までのアメリカの経常収支赤字拡大とアメリカ発の金融危機において経験してきたように、ドル基軸通貨体制やガリバー型基軸通貨体制は、通貨の独占状態あるいはガリバー型寡占状態のため、アメリカの対外通貨政策(ドルの対外価値の安定)に対してガバナンスが働かないという問題がある。それに対して、複数基軸通貨体制の下では、複数の基軸通貨の通貨競争によって対外通貨政策(通貨の対外価値の安定)に規律が働くことが期待される。
これまでの経験、特に、アメリカの経常収支赤字拡大とアメリカ発の金融危機を経験して、ドル基軸通貨体制が維持されるのであれば、アメリカの対外通貨政策の規律付けが必要であることが再認識される。無条件にドル基軸通貨体制を維持することは、これまでの歴史を再び繰り返すだけの結果となりかねない。また、今回の世界金融危機において米国連邦準備制度理事会が世界各国の中央銀行と通貨スワップ協定を結んで、各国のドルの流動性欠如に対してドル資金を供給することとなった。このことから、現在のドル基軸通貨体制が維持されるのであれば、ドルの流動性欠如に備えて、米国連邦準備制度理事会が世界各国の中央銀行に対して「最後の貸し手」としての役割を果たす必要がある。
もしアメリカ政府にこのような意識がないのであれば、ドル基軸通貨体制から脱却して、複数基軸通貨体制へのシフトに努める必要がある。しかし、世界経済の経常取引および資本取引において基軸通貨ドルが広く利用されていることから、ネットワーク外部性が作用して、そのままドルが利用され続けるという「慣性」が働いている。
そのため、世界経済において基軸通貨ドルからの脱却には時間を要するであろう。EUを中心としたヨーロッパ地域におけるユーロのように、地域通貨を地域における基軸通貨とすることは可能である。その意味で、アジアにおいても、域内の決済通貨としてドルに依存している状況から、地域通貨によるアジア域内の基軸通貨を創造する必要がある。その際に、アジア通貨単位に円や人民元を固定するというアジア域内の通貨体制の可能性を探ることが望まれる。