実用書では、「こうしたら成功しますよ」と書かれているものの書き手がそれを実践できているのか疑わしい、ということがよくあると思います。稲盛の場合は、若い時分に京セラを立ち上げて、KDDIをつくり、日本航空を再生しています。
しかも、書かれていることは非常に単純明快。コツコツ努力すれば報われるんだ、ということ。それを今の人は求めているのではないでしょうか。
世間ではやり方が間違っているだとか、効率のいい方法を採るべきだとか、そうした傾向が多々見受けられます。一方、稲盛が書いているのは、真面目に打ち込むことが一番大切だ、ということです。それを読むことによって、「自分は間違っていなかったんだ」と考えて原点に立ち返ることができるのです。
人間として、何が正しいか
稲盛の言説は、当社では「京セラフィロソフィ」という1つの哲学として受け継がれています。海外に展開する際に実感するのは、それがどこの国でも通用する内容なのだということです。「人間として何が正しいか」というシンプルな思想なのだと思います。
ただし、それを実践できるか、というのが難しいところだと思います。
当社で社員に求めるのは、「頭で理解すること」ではなく「できるかどうか」ということです。例えば人の物を盗ってはいけないだとか、嘘をついてはいけないなどということは誰もが知っているはずですが、できる人もいればできない人もいます。どうしたら実践できるか、ということが問題です。
京セラの経営理念は「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」です。社員の幸福を考えるだけでは、エゴに留まってしまいます。そこで社員のボーナスから寄付を募り、会社から同額を出してそれを貧しい人へ提供しよう、という稲盛の提案が、今日の京セラの社会貢献事業の元となっています。そのため、CSR(企業の社会的責任)という観点が流通する以前から当社では社会貢献の発想が定着していました。
例えば会社が大きくなる前には本社のある京都の方々のお世話になったので、京都に少しでも恩返しをしようと、動物園にシベリア虎を寄贈しました。また、京都サンガFCというサッカーチームをサポートし、あるいは稲盛財団が運営する、科学の発展と人類の精神的深化に貢献した人を顕彰する「京都賞」の趣旨に賛同し、創設以来、支援をしています。
当社が大きくなるにつれて関係のある地域も広がり、その活動は世界に広まっています。
米国では工場のあるカリフォルニア州サンディエゴに稲盛個人と会社からの寄附によって「ジャパニーズ・フレンドシップ・ガーデン」という日本庭園の開設に協力しています。ほかにも、セラミックやガラス素材の研究で最先端をゆくニューヨーク州のアルフレッド大学には、ファインセラミックスの技術進歩の歴史や最新製品を展示する「稲盛・京セラファインセラミック館」を開館しました。