ただし、プライベートバンカーが相手にする超富裕層とは、30億から50億円以上の資産を持っている人がほとんど。杉山さんのような外資系銀行のジャパンデスクで働く人、つまり日本人向けのプライベートバンカーはまさに日本の超大金持ちの現実を知っているんです。

超富裕層は「幸せ」ではない?

超富裕層といっても、もちろんいろんな人がいます。シンガポールの永住権を得て日本の重い相続税を回避するため、莫大な資産を持ったまま何をするでもなく悠々自適に日々を過ごす人。はたまた数百億の資産を作って美しい妻と異国に移住した若きIT長者……。

一生遊んで暮らしてもお釣りが数十億円も来るような富を持っている人を遠目で見て、うらやましいとため息を漏らす人もいるかもしれません。そんな人たちの生き方も描いたわけですが、しかし先に結論をいうと、彼らの多くは、どうも幸せそうには見えない。

――なぜ「幸せそうに見えない」のでしょうか。

【清武】少なからぬ人々が行き着くのが「継承」の問題です。つまり、いかに子どもたちに資産を残すのか、事業を継がせるのか。最後は家族の問題になるわけですが、そこに問題を抱えている人が多いんです。

「5年ルール」が「10年ルール」に

例えば、相続税。日本の相続税は最高税率55%と高いので、シンガポールなど税率の低い国で相続したい。しかし、日本での納税を避けるためには、「5年ルール」をクリアする必要がありました。当然のことですが、家族ともども海外に5年以上居住して永住権を獲得しなければ、日本の税制からは逃れられないのです。

『プライベートバンカー 完結版 節税攻防都市』(清武英利著・講談社刊)

さらに年の半分以上を過ごさなければ居住と認められない暗黙の「183日ルール」もある。するとどうなるのか。5年間ただただ異国の地で時が経つのを待ち続ける生活、慣れない暮らしを強いられる。そのうちに家族のほうが耐えられなくて帰国してしまったり、夫婦仲や親子関係に問題が起こったりするんです。

しかも、そのルールはいつ変わるかわからないわけで、実際に昨年(2017年)には5年ルールが「10年ルール」に変更になりました。「アチャー」と頭を抱えた人は多い。税逃れを見過ごすほど、国は優しくはありません。税逃れに対抗する仕組みや制度がどんどん厳しくなっているという点でも、今は過渡期といえます。

さらに、本書で紹介した元病院長の中田七海氏のように、血縁を断って生きようとした結果、頼りのプライベートバンカーによって犯罪に巻き込まれる人も出てきます。