資源価格に見る「マッターホルン型急落」

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この15年間の原油価格の動き(WTI);IMFデータ

私は、日本の景気減退がとくにきつかったのは、資源バブルの崩壊がものづくり国家日本に与える影響を人々が過小評価していた(4カ月前の私も含めて)ことが一因だったと思う。図は、この15年間の原油価格の月次データのグラフである。長い間安定していた原油価格は、2004年頃からかなりの上昇を始め、リーマンショック直前の08年6月には133.9ドルという歴史的最高値をつけた。しかしそれからたった半年の09年1月には41.7ドルまで下落した。およそ7割の急落である。そしてこの原稿を書いている09年2月12日には35ドルまで下がっている。しかも、07年半ばに始まった投機的ともいうべき急上昇の後の急落である。まさに、たった1年半の間にマッターホルンの頂上にまで駆け上がり、そしてすぐにふもとまで一気に滑り落ちてしまった。しかも、このパターンが原油だけでなくほとんどの資源・商品の価格で起きたのである。

資源価格の大半でこれだけマッターホルン型急落が起きてしまうと、それへの対応はものづくり国家にはじつにむずかしい。国の中のあらゆる産業が、ものづくりのためにさまざまな資源を使っているから、すべて大きな影響を受ける。しかも日本は、かんばん方式が多くの企業に浸透し、ゼロ在庫が理想だった国である。それゆえに、初期の段階では在庫の調整がものすごいスピードで進んだ。しかし、その結果の生産落ち込みの数字を見て、逆に先行き不安が増してしまった。そこで、生産計画の大改変をせざるをえない。その調整を企業間で、産業間で行うのは容易ではない。企業は他の企業と分業していて、その間のものを動かさなければならないのである。在庫をしておくには、倉庫が必要なのである。

だから、調整は簡単にはいかない。価格の大変化に市場メカニズムで対応するのには、時間がかかるのである。その時間がかかる間、「すべてを控える」ということになる。したがって、あらゆる産業で需要が少なくなる時期が、これだけの価格の異常な暴落局面ではこざるをえない。そのうえ、ものづくり国家の調整時間は、サービス産業化した国や金融産業の大きな国よりもかなり余分にかかる。それだけ市場経済の中の分業が複雑なのである。

つまり、ものづくり国家日本、かんばん方式の日本だから、マッターホルン型急落がとくにきつい。それに加えて、日本は円高による短期的被害者でもあった。それゆえ、今回の景気後退が心理的にも、需要面でも、価格調整の面でも、厳しいものになってしまった。

しかしやっと、底なし沼にも底が見えてきたようである。この2週間ほどであろうか、新聞に下げ止まりを感じさせるニュースがちらほら見えるようになってきた。街角景気指数も、過去最低に近い水準だが、1月は昨年12月よりは少しよくなった。消費者態度指数も4カ月ぶりに上昇に転じた。マンション市場も下げ止まったというコメントもある。

国際的にも需要回復の兆しがある。ここでは、主役は中国のようだ。リーマンショック後も中国は原油輸入量をそれほど減らしていない。消費も堅調だという。そして最近、鉄スクラップや古紙の需要が中国向けに動き出したという報道もある。シカゴの大豆市場も中国の旺盛な買い付けで反転したという。

中国は、今回の世界的混乱を冷静に見据えているように思える。今回の経済波乱の霧が晴れた後の世界では、中国の存在がますます大きなものになっているであろう。その国が、日本の隣国であることは、日本にとってのメリットである。

今回の経済危機の三重苦のうち、円高と資源バブルの崩壊は長期的には日本のメリットになりうることである。そのうえ、発展が今後も期待できる東アジアに日本は位置している。マッターホルンを無事に下りられれば、ふもとには案外住み心地のいい村があるのである。