「やめてください」と注意するのを躊躇するワケ

なぜ、躊躇するのでしょうか。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/AH86)

「利用者本人に伝えた場合、素直に聞き入れてくれるか、という心配があります。とくに認知症の方は説明をしても伝わらないことが多い。また、ごく少数ですが、悪いことをしている意識がない方もいます。ハラスメントという言葉もない時代を生きてきた人たちですから、高圧的な物言いをしたり、少々身体を触るぐらい大した問題ではないと思っていたりする。こういう方に止めるように言うと逆切れされることもあるのです」

本人がダメなら、家族に伝えればいいのではないかと思うのですが、この場合も、予期せぬ出来事が起こることがあるというのです。Sさんの実体験を教えてもらいました。

「ある80代の男性の利用者さんから身体を触られた、という訴えがヘルパーさんから私にあり、それをご家族に伝えたのです。利用者さんは現役時代、大企業の役員を務め、息子さん、娘さんにとってよき父親で大変尊敬されていました。認知症状はありましたが、ごく軽度で普通に会話もできる。そのご家族に問題行為があったと伝えたところ、『ウチの父がそんなことをするはずがない』と大変ショックを受けていました」

その家族は当初、Sさんの言葉を信じなかったそうです。しかし、ヘルパーが来た時、家族が父親の様子を観察するとやはり問題行為をしていました。それでようやく現実を受け止めたそうです。

「このご家族の場合、その後、ヘルパーさんが訪問介護する時は必ず息子さんか娘さんが見守るようになり、セクハラを防ぐことができました。しかし、私の言葉がきっかけで介護職員やケアマネと家族との信頼関係が崩れてしまうケースもあります。デリケートな部分があるため、つい躊躇してしまうのです」

介護の取得のカリキュラムに「ハラスメント対応」はない

ハラスメントが減らない背景には他にも理由があります。Sさんによれば、介護現場におけるハラスメントについて、業界では「想定外の出来事」とする空気があるといいます。

「介護職にはそれぞれ資格が必要ですが、取得のために受ける講義や研修のカリキュラムの中に『ハラスメントへの対応』といった項目は私の知る限りありません。だから、介護職員は現場でわが身にそれが振りかかって、ショックを受けます。どう対応すべきかもわからず、ますます困惑するのです」

しかし、7割以上がハラスメントを経験している以上、「想定外」として片づけることはできないはずです。介護職員の多くは女性です。とくに在宅介護のヘルパーは利用者の家を訪問し、“密室”で利用者のケアをすることになります。重大なハラスメントのリスクが高い環境に身を置いているのです。

ただし、各種の介護サービスをする業者も現場に駆け付ける介護スタッフも、利用者はいわば顧客です。他の業者との競争もあります。そのため、利用者からのクレームを恐れる傾向が強く、少々のトラブルは穏便に済ませようというのです。

「それでも冷静に見れば、介護現場のハラスメントは、もし一般社会で行われたら犯罪とみなされてもおかしくない行為なんですよね」(Sさん)

確かに街中で暴力を振るったり男性が女性の身体を触ったりしたら、警察に逮捕されます。相手が要介護者だから、認知症だからといって許されるのはおかしな話ですし、何より介護職員の心や身体も守られなければなりません。