ところが初日に売れたのは、景品目当てで購入してもらえた6缶のみ。現実を思い知らされました。考えた末、私は工場で着用する作業服と長靴を身に着けました。“工場直送”をアピールするためです。すると、あるお客様が「兄ちゃん、毎週やってるな」と、黒ラベルを1ケース買ってくださった。

次の回には、ヘルメットまで被ったら、同じお客様が「兄ちゃん、今日はまたどうした?」と聞いてくださった。そこで「工場からできるだけ新鮮なものを持ってこようとしたら、ヘルメットを脱ぐのを忘れました」と答えました。すると笑ってくださって、また1ケース買ってくれたのです。今思い出しても涙がこみ上げてきますね。嬉しくて。

そうした貴重な経験で学んだのは、味がいいだけでは商品は売れない。商品をつくり上げた“熱意”をどうお客様に伝えるかが大事だということです。営業部門からは「現状を知ってくれてありがとう」と、私の行動は歓迎されました。しかし、身内である生産技術部門からは評価されない。本社からも電話で「迷惑だ」と言われたのです。ただ、私には確信がありました。「フレッシュキープ製法だの、定温輸送だの、頭でっかちで顧客に伝えようとしても売れない。伝えるべきなのは、一生懸命さなんだ」と。

2009年、49歳で「取締役兼執行役員 経営戦略本部長」に任命されました。このとき、「何をすればいいのかわからない」と周囲に“本音”を漏らすと、さまざまな助言が寄せられました。その結果、生まれたのが「家庭用営業力強化プロジェクト」です。サッポロビールは業務用の営業活動は強かったのですが、家庭用の営業で後れをとっていたからです。ところが今度は、営業部門から猛烈な反発を受けます。生産技術部門を歩んできた私が旗を揚げただけに、「営業がダメだからモノが売れない」と言っているように受け止められたのでしょう。

そんななか、一筋の光明もありました。私の「実験だけでもやらせてほしい」という“本音”を、西日本の営業メンバーが訝しく思いながらも受け入れてくれたのです。そこで私が実践したのは、大阪工場時代の販売経験に基づくもの。商品を売る前に“熱意”を売る。つまり、まず自分を売り込み、受け入れられたら会社を売り込み、それが伝わったところではじめて商品を売り込むという王道です。すると、少しずつ売れ始めました。そこから「まず自分を売り込む営業」に取り組む営業スタッフが徐々に増え、黒ラベルが全く並んでいなかった店に、次々と黒ラベルが並び始めたのです。