日本のクラフトビールの歴史は長くない。だが、世界のクラフトビールの原材料に日本生まれのホップが長年使われていることをご存じだろうか。『日本のビールは世界一うまい! 酒場で語れる麦酒の話』(ちくま新書)を出したジャーナリストの永井隆さんが解説する――。

※本稿は、永井隆『日本のビールは世界一うまい! 酒場で語れる麦酒の話』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

食料品店の棚にボトルや缶のビール
写真=iStock.com/Nadya So
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遠く離れたドイツで有名だった

「ソラチエースは素晴らしい。僕は大好きだ」
「そうか……。ありがとう」
「クラフトビールにマッチする個性的なホップだ。ギャレット・オリバーが認めて採用しただけのことはある。そもそも、大麦やホップなどの原材料まで開発するビール会社なんて、世界でサッポロぐらいではないか。凄いよ」
「うん……」

2013年秋、新学期がスタートしたミュンヘン工科大学のキャンパス。サッポロビールのエンジニアで、留学を始めたばかりの新井健司は「ソラチエース」について何度となく話しかけられていた。アメリカからの留学生からは英語で、ドイツ人学生や研究者からはドイツ語で。

最初は、「みんなサッポロとソラチとを、きっと混同している。札幌も空知も北海道の地名だから」と、勝手に解釈していた。しかし、どうやら違う。クラフトビールの伝説的な醸造家であるブルックリン・ブルワリー(米国ニューヨーク市)のギャレット・オリバーといった固有名詞が出てくるくらいだから。

「こんなことって、あるのか……」

そこで、日本で所属していた研究部門にメールで問い合わせたところ、「ソラチエース」とはサッポロが開発したホップであることが、ようやく分かった。サッポロの社内でも誰もが知る存在ではないホップの名を、醸造を学ぶため世界からミュンヘンに集まった研究者や学生の多くが、知っていたのだ。しかも、素直に評価してくれている。

「こんなことって、あるのか……」。もはや驚くしかなかった。

川崎市出身の新井は、東京大学農学部を卒業し同大学院で酵素学を修めて2007年に入社。研究所や工場の醸造技術分野を歩み入社7年目の13年秋から、ミュンヘン工大に留学。期間は1年間、会社から派遣されたのだ。

クラフトビールは上面発酵で醸造される「エール」が多い(もちろん「ラガー」のクラフトビールもある)。20℃前後の常温で発酵し、最終的に酵母は上面に浮かぶ。ラガーに比べ香りは華やかで、発酵期間はラガーより短い。19世紀後半に、リンデンが冷却技術を開発する前は、ビールの多くはエールだった。