中国政府が許容できる成長率下限は6%台の前半

このGDP倍増目標を実現するには、2017~20年の平均成長率が6.45%を維持することが必要である。つまり、中国政府が許容できる成長率の下限は、せいぜい6%台の前半とみることができる。成長目標を達成できないと判断すれば、習政権は改革のテンポを遅らせ、景気てこ入れ策を追加してでもGDP倍増を優先させるとみられる。

第19回共産党大会では、経済成長に関する具体的な数値目標が示されず、GDP倍増についても直接の言及はなかった。そのため、習政権は成長重視路線から決別したとの見方もある。しかし、経済体質の強化を優先し、高成長を追求しないと決断したのであれば、党大会で目標の放棄を明言したであろう。他方、「小康社会」の全面実現には言及しているため、習政権の成長重視姿勢は続いていると判断できる。

以上より、2018年の成長率は低下するものの、2012年以降のトレンドに沿った緩やかな減速にとどまると予想される(図表3)。

一強体制がもたらす景気下振れリスク

このように、習近平総書記の強力なリーダーシップの下で成長と改革が両立するというのがメインシナリオである。強大な権力を手に入れた習政権は、望ましい中国経済の実現に向けて、実体経済をコントロールしていくであろう。

もっとも、習近平一強体制の出現は、不安要素も生み出している。

一つは、政策判断が遅れるリスクである。今後、習近平総書記が経済運営に関して直接決定を下す機会が増えるとみられる。しかし、外交や軍に加え、経済運営についても、習近平総書記の指示を逐一仰ぐようになれば、事態の急変に追いつかず、経済政策を調整・転換するタイミングを逸するケースが起こりかねない。

いま一つは、誤った判断に基づく政策が実施されるリスクである。第1次習政権までの集団指導体制においては、経済政策をめぐる意見の相違や方針への反論が指導部内で許容されていた。こうしたやり方は、調整に手間取り、実行のスピードが遅くなるというデメリットを持つ半面、すり合わせによる政策の修正が図られることで、暴走に至るリスクが小さいというメリットもあった。ところが、一強体制化が進み、習氏の方針に異を唱えにくくなったため、政権内部でチェックする仕組みが機能せず、経済運営が誤った方向に向かっても歯止めをかけるのが難しくなった。

さらに、地方政府が中央から指示された成果を出せないことを恐れるあまり、帳尻を合わせるために不適切な政策対応がとられるリスクも懸念される。

ひとつ例を挙げよう。習政権は目下、大気汚染問題の早期解決に向け、エネルギー利用において石炭から天然ガス・電気への転換を図っている。その一環として、石炭ストーブの撤去が実施されている。ところが、河北省のある地方の小学校では、非石炭暖房設備の設置工事が間に合わないにもかかわらず、石炭ストーブを撤去し、寒さで生徒が凍傷にかかったと中国メディアも批判的に報じた。

地方政府が上からの指示通りに石炭ストーブを撤去することばかりに集中し、本来最も重視すべき子供の健康を後回しにしたのである。これは、レアケースかもしれないが、習政権が改革を強引に進めるほど、他のマクロ経済政策でも同様の問題が起きる可能性は高くなる。

このように一強体制は、安定成長下で改革を進展させる原動力となる半面、対応の遅れや誤った政策判断などによる景気押し下げのリスクも伴う。中国経済の成長持続にとって、一強体制はまさに両刃の剣といえよう。

佐野淳也(さの・じゅんや)
日本総合研究所調査部主任研究員
1971年(昭和46年)生まれ。1996年(平成8年)慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同年 さくら総合研究所(現日本総合研究所)に入社、現在まで主として中国を担当。研究分野は中国経済に関する政策決定過程。執筆レポートは、「党大会後の中国経済をどうみるか」(日本総研『リサーチ・フォーカス』No.2017-025)など。
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