でも、いったいなぜここがハードウエアのシリコンバレーとまで言われるのか? この地では、すさまじい勢いで、各種のパチものハードウエアが量産され、それがむきだしの市場原理で淘汰されてきた。そしてその超高速なパチもの開発を可能にする仕組みが、まさに超高速な少量多品種のプロトタイプ生産を可能にしている。それは、地域に密集する壮絶な数の町工場ネットワークであり、それが作り出すエコシステムとも言うべきものだ。その中身まで踏み込んだ話はなかなか見られない。

でも、それがなければこの都市が持つ真の強みはまったく見えてこない。そしてもちろん、そうした現場の本当の実態は、多少の工場見学などでは十分には見えてこない。実際にその中に入って生産を行い、取引を行った人でないと、本当のところはわからない。そこまで入り込んでいる人の話を聞く機会はなかなかなかった……いままでは。

「深セン流モノ作り」を内側から解剖

そこに出てきたのが、本書『深センに学ぶ』だ。

『「ハードウェアのシリコンバレー深セン」に学ぶ』(藤岡淳一著・インプレスR&D刊)

本書の著者藤岡氏は、10年前から深センで、まさにその生態系にどっぷり浸かったモノ作りを実践してきた珍しい人物だ。当然ながら、その中で中国の業界慣習や日本の期待とのずれなどについても、身をもって学んできている。単純なコピー商品もどきから、次第にオリジナルな製品開発を行い、やがて独立して深センに自社ラインを設置して深センのエコシステムを最大限に活用した、高速開発と生産の仕組みを構築する一方、日本側のニーズに応えるための品質管理システムをあわせて構築している。本書にはそのすべてが描かれている。

深センが速くて安いのは事実ながら、それにはそれなりのトレードオフがある。それを理解したうえで、自分の製品の中でそのトレードオフをどこまで受け入れるか、という覚悟と決断が必須だ。無数の業者がいるエコシステムは、その無数の中から選択を迫られるということだ。安さはしばしば、信頼性や品質の犠牲の上に成り立っている。でも高品質の部分は日本製、あとは深センといったやり方は、ここのエコシステムでは使えない(その理由も説明されている)。

一方で、特にエレクトロニクス分野では製品の改良サイクルが(特に深センでは)極めて速い。変に品質を重視するより、1年で壊れて買い換えることを前提に安く速く市場に出す戦略もあり得る。そうした判断は、部品調達も含めた現場の状況に応じ、ほぼその場で決める必要がある。それができるだろうか?