キャッシュがないと、投資機会を逃してしまう
話を単純化してわかりやすくするため、経営者と株主の間に利害対立がないオーナー企業の場合で考えてみます。オーナー経営者は、ネット・プレゼント・バリュー(正味現在価値)の最大化を目指します。つまり、リスクを勘案して、投資によって将来見込めるキャッシュ・フローが、投資額よりも大きければ、利益をすべて投資に回します。そのうえで、余ったキャッシュがあれば、株主への配当に回します。
このように、原理的には、利益剰余金があるといっても、それはすべて投資に回されているため、余ったキャッシュがあるということではないのです。
ただ、現実には、利益剰余金が積み重なると同時にキャッシュも増える会社は数多くあります。その典型が、キーエンスやファナックといった業績好調な企業です。こうした企業は、稼いだ利益を投資や配当に回さずにキャッシュで保有しています。両社が保有するキャッシュは、自社の1年分の売り上げを上まわるほどです。こうした企業は、銀行のモニタリングを嫌ってか、有利子負債のない無借金経営となり、自己資本比率が高まり、キャッシュも増えていくというケースです。
学術的には、成長機会が多いと、投資のためにキャッシュを保有すると考えられています。キャッシュがないと、投資機会を逃してしまうからです。
企業にとって、目的もなくキャッシュを保有することは価値破壊的です。現状、株主や債権者からは平均で3~4%程度のリターンを要求されます。しかし、キャッシュを投資せずに保有していると、銀行金利はほぼゼロに等しいですから、全く価値を生みません。したがって、キャッシュを保有するほど価値を破壊するわけです。それだけの機会費用(機会費用とは、ある選択を行ったとき、ほかの選択を行った場合と比べた損失)を払ってでもキャッシュを持つには、それを上まわる投資機会が必要です。したがって、M&Aに積極的だったり、成長機会がある業界(例:医薬品、ゲーム、ITなど)では、多額の投資をするためにキャッシュを保有する傾向があります。