「経験したことのない感動と達成感を覚えた」
Iさんはその願いを受け止めました。自宅にあった電子ピアノを運び込み、毎日仕事が終わった後、練習につきあったそうです。
「練習を始めたのは6月頃。暮れに行われる施設のクリスマス会で演奏を披露することを目標にしました。基礎から学ぶ状況ではないので、演奏する2曲を決め、反復練習をして体で覚えることにしました。『エリーゼのために』と『きよしこの夜』
です」(Iさん)
そのクリスマス会。Iさんの演奏を聴きになんと100人以上が集まりました。本人は緊張したそうですが体で覚え込んだせいか、ほとんどミスのない見事な演奏だったそうです。
「聴く側も同じ施設にいる入所者の皆さんで、練習を始めたいきさつも知っています。だから演奏が終わるや、拍手拍手で……。その女性は、『人生の最後でやっと夢がかなった』と感激し、涙を流していました。そんな言葉に触れこともあり、私も経験したことのない感動と達成感を覚えました。生涯の夢のお手伝いができたのですから」(Iさん)
パーキンソン病でもゴルフの打ちっぱなしに行く
もうひとり、老人保健施設に勤務するMさんも同様の感動をしたことがあるそうです。
「ウチの施設では、“個別リハビリ外出”というのがあるんです。施設の生活は単調ですから目標を失いがちです。目標がなければしんどいリハビリもやる気にならなくなってしまう。この問題を解消するために考えられたのが個別リハビリ外出。入所者のみなさんにそれぞれ外出してやりたいことを挙げてもらうんです。そしてその実現に向けてリハビリに励んでもらう。これなら目標が生まれるし、リハビリを頑張る気になるでしょ? 美術館に行く、スーパーで買い物をする、自宅の自室でくつろぐ……。どれも実現されましたが、同行してもっとも感動したのは、パーキンソン病の方がゴルフの打ちっぱなしに行くという目標を立て、見事なショットを打たれた時です。その方はシングルプレーヤーだったこともある大のゴルフ好きなんですが、パーキンソン病には手足が震える、筋肉がこわばるという症状がありますから、断念せざるを得なかったんです。でも、ボールをクラブで正確にとらえて飛ばす快感をもう一度味わいたくて、病気を克服してやろうとファイトを燃やしたそうです。この目標を立ててからゴルフ練習場へ行くまで約半年かかりましたが、その間は本当に苦しいリハビリを頑張っておられましたし、生き生きとしていました。そして打ちっぱなしで念願のショットを打たれた後の笑顔は輝くようでした。同行したわれわれも、その表情を見た時は幸せな気分になりました」