なぜ会議にお菓子を持ち込むのか

私が研究のベースとしている知識創造理論では、言葉にしにくい暗黙知を言葉で表現できる形式知に変換し、さらに形式知を暗黙知に変換することを繰り返すことによって、知識創造が促されます。そのプロセスは、暗黙知を共同体験することによって共有・共感する「共同化」、その暗黙知を翻訳して言語化する「表出化」、その形式知を組み合わせて体系化する「連結化」、形式知を実践を通じて新たな暗黙知として理解する「内面化」の4つのモードから成ります。この知識創造プロセスが起こるのが、「場」です。

イノベーションを起こすには、「場」が必要です。よく、「場を変える」「場が温まる」「場がしらける」などと言いますが、この「場」とは、場所や空間とは異なり、人と人との関係性を表しています。人と人がいて、言語化されていない暗黙知(文脈)が共有されていることが、「場」が生まれる条件です。「場」は「共有化された文脈」(シェアード・コンテクスト)と言い換えることもできます。

よく、「わが社はクリエイティブな場をオフィスの中につくりました」という話を聞きますが、実際にそこに人が集わなければ、そこは場所・空間にすぎず、「場」とは言えません。

グーグルのオフィスには卓球台やビリヤード台などの遊具が並ぶ。(時事通信フォト=写真)

このような「場」をつくりやすくするためのコツがあります。1つは、食べ物や飲み物を用意することです。昼食を一緒に取るのもいいでしょう。知り合いのある企業の部長さんは、「お菓子のない会議はやらない」と公言して自らお菓子を持ち込んでいます。食べ物や飲み物はカジュアルな雰囲気を演出し、対話をしやすくする効果があるためです。また、卓球台やビリヤード台などの遊具も対話を促す効果があるようです。「場」では、思いついたことを、すぐ口に出せることが大切であり、そのためには、堅苦しくないほうがよいのです。こうした小道具も、「バウンダリーオブジェクト(境界にある対象物)」のひとつです。人と人との間には境界がありますが、こうした小道具がきっかけとなり、ある物事を共有することで、境界を超えた交流が起こりやすくなるのです。昨今、社員旅行や運動会に復活の兆しがありますが、体験を共有することで「場」をつくりやすくするという意味では、こうしたイベントも有効でしょう。