名古屋場所だけで起こる出来事

もらっていいものはもらう、という名古屋人のする奇妙なことはほかにもある。

それは大相撲の時である。大相撲名古屋場所の千秋楽の日。

全取組が終わって、優勝力士の表彰もすんで、君が代も歌ってすべて終了。観客たちがぞろぞろと帰っていく時にそれはおこる。

係員が、土俵を壊し始める。すると、そこへ集まってくる名古屋人が少なからずいるのだ。そして、土俵を壊すのを手伝い、俵を掘り出す。

その土俵の俵を、記念にもらっていく人が何人もいるのだ。あの、かなり大きくて重いものを、喜んでもらっていくのだ。

それについて、相撲協会の見解はこうである。

「壊して、捨ててしまうものなのですから、持っていっても何も問題はありません。協会としては、構わないと思っています」

そして、こうつけ加えた。

「でも、土俵の俵をもらっていく人がいるのは、名古屋場所の時だけなんですけどね」

あれはもらってもいいものなんだそうだ、と知るともらいたくなる、というのが名古屋人なのである。

せっかくもらった土俵の俵を捨てる人も

でも、さすがに土俵の俵は大きすぎるし重い。そこで、会場の近くの道端にいくつか捨ててあるのだそうだ。

もらっていいものだときいてついもらってきたが、重くて大変だ。よく考えたらこんなものもらっても何の役にも立たないぞ。

と考えて、捨てていく人もいるわけだ。

とても面白い話だと思う。もらっていい、となるとついもらってしまう名古屋人。しかし冷静に考えてみれば、こんなものはいらないぞ、と気がついて捨ててしまうのであり、どうもやることがおかしい。

というわけで、どんなガラクタでも、台の上にきちんと並べて、「ご自由にお取り下さい」と書いた札を立てておけば、名古屋では誰かがもらっていくのであろう。

もらっていいものは、もらわずにはいられないのだから。自分はいらないなと思うものでも、ツレの誰かがほしいと言うかもしれんでもらっとこ、と考えるならば、それこそまぎれもなく名古屋人なのである。

清水 義範(しみず・よしのり)
1947年、愛知県名古屋市生まれ。愛知教育大学国語科卒業。1981年に『昭和御前試合』で文壇デビュー後、1986年に発表した『蕎麦ときしめん』でパスティーシュ文学を確立し、1988年、『国語入試問題必勝法』で吉川英治文学新人賞を受賞。2009年、中日文化賞受賞。『やっとかめ探偵団』シリーズなど、名古屋を題材にした作品も多い。
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