「官邸の意向」を過度に忖度

朝日社説は「内閣人事局の設置で、中央官庁で働く約4万人の国家公務員のうち、事務次官や局長ら約600人の人事に首相や官房長官が直接かかわるようになった。それにより首相官邸が官僚機構の人事権を掌握したが、現状は副作用も大きい」と説く。

朝日社説によれば、多くの官僚が官邸の不興を買うことを恐れ萎縮する。「官邸の意向」を過度に忖度し、「時の権力への奉仕者」と化してしまう。「安倍1強」下で、国会による政権の監視が弱まり、立法府と行政府の均衡と抑制が機能不全に陥っている。官僚が中立性を失い、政権と官僚の相互チェックが損なわれている。

筆者も、この朝日社説の主張の通り、「弊害は極めて大きい」と強く感じる。では政治家と官僚の正しい関係はどうあるべきか。朝日社説はこう書く。

「政策決定に当たっては、選挙で国民に選ばれた政治家が方向性を示す。官僚は具体化するための選択肢を示し、政治家が最終判断する。官僚は政治家の過ちには異議を唱え、説得に努めることも欠かせない」

"忖度行政"ではっきりしたこと

最後に東京新聞の社説(6月25日付)。東京社説は「国会は閉じても加計学園問題の幕引きは許されません。事の本質は、政治家と官僚が敵対する傍らで真に国民のための行政が蔑ろにされていることです」と前文で訴える。

続けて「『森友』『加計』問題と続いた一連の"忖度行政"ではっきりしたのは、安倍政権による霞が関支配の極端な強さでした」と読売社説や朝日社説と同様に主張する。以下、要点を抜粋してみよう。

「戦後日本の政治家と官僚は補い合う関係でした」「成長が行き詰まるにつれ、この関係も崩れていきます」「民主主義の基本に沿えば官僚は、選挙を経た政治家の下に立って支えるのが、本来あるべき姿です」「政治との敵対関係から始まった官僚の弱体化は、歯止めなく一方的でした。極め付きは2009年9月、官僚が事実上、閣議を振り付けていた『事務次官会議』の廃止です。歴史の振り子は勢いを増して、政治主導の極端へと振り切れていきました」「その振り子に駄目を押したのが、内閣人事局の存在です。縦割り行政打破の名の下に、国家公務員の人事を首相官邸で一元管理するため14年に設置されました」

朝日社説のように政治家と官僚の関係を歴史的観点から述べ、東京社説は最後に「求められるのは政治側から官僚側への歩み寄り」「政治家は政策決定力を今以上に磨き、官僚も共感して情報力や知識力で支える。たとえばあの戦後のような補い合う関係に再び歩み寄れないものか」と訴える。

余談だが、同じ日の社説に朝日と東京が偶然、同じテーマで同じ主張をする。だから社説は面白い。この2つの社説を読み比べると、いまの日本を何とかしなければならないと、深く考えさせられる。

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