信じるものがない人間ほどもろい

――このエピソードから感じたのは、中米の人たちの生き方の底流にキリスト教の教えが深く根づいているということ。アンジェロの更生からしても“神との邂逅“を抜きにしてはありえなかった気がする。

ラテンアメリカにおけるキリスト教は500年以上の歴史を持つ。そこに住む人たち個々の信仰形態はさまざまであっても、生まれたときから影響を受けているので、ほとんどの人が「いざ」というときには神を思い浮かべるようだ。私は特定の宗教を信仰しているわけではないが、アンジェロと話していると、神の存在があることによって絶望しないですむという場面を折に触れて感じた。

ところが日本では、子どもたちを含め宗教に関わったことのない人が多いと思う。だから、いじめなどで切羽詰まった状況になってしまうと、家族にも心配をかけたくないし、周囲の大人にも相談できず、状況を打開する解決策を得られなくなってしまう。何とか立ち直れる可能性もあるが、毎年多くの少年少女が苦しさから逃れるために自殺を選んでしまっている。でもアンジェロらラテンアメリカの若者の多くは、絶望の一歩手前で踏み止まる。

アンジェロはやがて、複数の強盗と殺人容疑で逮捕され、刑務所送りとなってしまう。ここでも服役囚たちのドンとして君臨していたのだが、ある人物との出会いが彼を変えていく。それは元革命ゲリラの伝道師だった。雄弁で説得力のある説教に触発されたアンジェロは回心し、神とともに歩む決意をした。

本にも書いたが、極限まで追い詰められた人の心を救うのは、自らの信念もしくは、何かしらの信仰なのかもしれない。信じるものがない人間ほど、もろいものはない。自分自身も誰も深くは信じられず、救われる方法はどこにもないと感じたとき、人は生を放棄する。だが、そこに信仰があれば、かすかでも希望が残る。ラテンアメリカの貧しい人々に接していると、そんな気がする。

――アンジェロが「どんな罪人も、私の姿を見れば、神はどんな人間でも変えることができるとわかるはずです。罪を犯した者でも、生まれ変わることは可能なのです」と胸を張る場面は感動的だ。

私自身、この「生まれ変わることは可能」という言葉が好き。近年、“変革”をテーマに取材活動を続けてきたのも、そんな変革への道を、可能性を見出したいからにほかならない。ホンジュラス国内では、きょうも多くの若者たちが命を落としている。しかし、現地で子どもと若者のために活動する複数のNGOや聖職者のように、「マラス」の少年たちの人生を変えようとしている人たちは存在する。決して夢物語ではなく、彼らに手を差し伸べることで、現実を変えることはできると思う。

ラテンギャングの少年たちを取材して感じたのは、彼らが周囲から認められること、尊敬を求めているということだ。けれども現実には、恐怖心によって相手を服従させているだけで、それをリスペクトだと勘違いしている。自らを肯定し、世に自分の存在意義を見いだす手段が、「マラス」に入ることしかないからだ。アイデンティティを求めて彷徨っている。

日本にしても同じだろう。子どもや若者たちはやはり、自分の存在価値を認めてもらいたいと思っている。だから、世間がいう良い進学や就職に失敗したりすると、「私はダメだ」と落ち込んでしまう。いろいろな人生があっていいとは思えないのだ。ホンジュラスでも日本でも、子どもたちに夢を取り戻すには、大人が立ち上がり、社会を変えなければ。どんな子どもでも自分を大切にし、自分を肯定できる社会をつくらないといけない。

ジャーナリスト 工藤律子(くどう・りつこ)
1963年大阪生まれ。東京外国大学大学院地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究し、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。主なフィールドはスペイン語圏、フィリピン。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。著書に『仲間と誇りと夢と』『ストリートチルドレン』『ルポ 雇用なしで生きる』などがある。
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