殺人事件の発生率世界一の国、中米のホンジュラスにはびこる。若者ギャング団「マラス」。それは極度な貧困や家庭崩壊から居場所を失い、ギャング団にぬくもりを見いだす少年たちがいる集団だった。開高健ノンフィクション賞受賞作『マラス 暴力に支配される少年たち』を著した工藤律子氏に聞いた。

言葉に対して持つこだわり

――中米ホンジュラスにおける暴力に支配される少年たちという、重いテーマを扱っている。貧困と格差から死と隣り合わせの悪の道に走り、やがて更生をめざす彼らの姿をレポートしようとした理由は。

これまでもラテンアメリカでは、サンパウロに次ぐ大都会であるメキシコシティは何度も取材した。そこには極端な貧困から路上を棲家とせざるをえない「ストリートチルドレン」がいる。大学でスペイン語と中南米地域研究を学び、貧困層の問題に関心を抱いて彼らを追い始めてから、もう26年が経つ。しかしその間、グローバル経済の進行で貧困の差はより拡大している。

ジャーナリストの工藤律子さん。

この本で取材の対象にした国はホンジュラス。首都テグシガルパや第二の年サン・ペドロ・スーラには、メキシコの麻薬カルテルとつながり、組織間抗争で殺し合いを続ける「マラス」と呼ばれる若者ギャング団が横行している。ここ数年、その脅し、暴力から逃れるためにメキシコを通って米国に不法入国しようとする未成年者が急増した。そんな彼らの中にも、貧困や孤独から脱するために「マラス」に属していた者も少なくない。

ラテンアメリカで出会う人たちは、ほとんどいつも、私の問いかけに懸命に答えようとしてくれる。それはギャングや犯罪歴を持つ少年たちも変わらない。そのことは私にとって魅力的だ。植民地時代からのキリスト教の影響かもしれないが、言葉にして表現することにこだわりを持っている気がする。誰もが意外なほど含蓄のある言い回しをする。

――きわめて興味深い登場人物にアンジェロがいる。工藤さんは「背の低いゴルゴ13」と描写しているが、悪のカリスマから一転し、プロテスタントの伝道師となる彼の生きざまはすごい。

彼はまだ「マラス」のような凶悪犯罪組織が一般化していなかった時代、11歳のときにギャング団に入っている。そして、持ち前の度胸と腕力でめきめきと頭角を現していく。テグシガルパを拠点に何度も強盗を繰り返し、いつしかギャング仲間全員からリスペクトされるようになった。それでも、本当の意味での悪には徹しきれない部分も持っていた。

街の中心部で、仲間と2人で車強盗をしていたときのことだ。アンジェロは運転席の側へ行ってドアを開け、運転手に銃を突きつけて「強盗だ、席を譲れ!」という。ドライバーが助手席に移ったところで、彼は後部座席に移動し、仲間がハンドルを握って車を発進させた。アンジェロは「おとなしくしないと、死ぬことになるぞ」と運転手を脅す。

ところが、その男は「私にとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです」と口にした。これは新約聖書に出てくる聖パウロの言葉で、キリストの愛を感じながら生き、死後は救世主のもとへ行けるので、何も恐れることはないという深い信仰から発している。その毅然とした態度に、アンジェロは圧倒され、車を降りるとき「俺のためにも祈ってくれよ」とつぶやく。