いざとなればプーチンはアサドを切る

以上のような認識がないと、シリア情勢の先行きは見えてこない。集団的自衛権行使を容認した日本はいずれやってくるアメリカの召集令状に従って、唯々諾々と自衛隊をシリアに派遣するのだろうが、ヨーロッパでは「これ以上アメリカ側にくっついていたらヤバい」というムードが強まっている。アメリカ軍が1年以上も空爆を続けても、ISの勢力が弱まる気配はない。アメリカが支援している反政府組織も満身創痍のアサド政府軍に勝てずに後退を繰り返している。アメリカは事態を収束させるどころか、混乱が拡大して難民問題は深刻化するばかり。難民問題がヨーロッパ最大の関心事となり、「アメリカではシリア問題が収まらない」という空気を察知して、「我々がフィニッシュしてやろう」とロシアは空爆に乗り出した。ロシアはアサド政権の強固な後ろ盾だが、いざとなればプーチン大統領はアサドを切るつもりでいる。仮にシリアが収まった場合、アサド大統領を退場させても現行政府が残れば構わないというのがプーチンの腹。統治機構がなくなれば、再び「アラブの春転じて混乱」に陥るからだ。

すでにアメリカ抜きでプーチン大統領とドイツのメルケル首相、フランスのオランド大統領が話し合いを重ねているし、イランもそこに入っている。ヨーロッパではウクライナ問題でロシアに科した金融/貿易制裁を緩和しようという動きも出てきている。ロシアのシリア空爆がすべてうまくいくとは思えないし、ISのロシア民間機爆破で国内世論も厳しくなるだろう。しかし、そうした不測の事態があるにせよ、ロシアが難民問題解決の一助にはなるのではないか、という雰囲気がヨーロッパには生まれつつある。日本がアメリカべったりであるのに対して、ヨーロッパのアメリカ離れ、ロシアとの是々非々の距離感。これが新しい地政学上のうごめきになってきている。

(小川 剛=構成 AFLO=写真)
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