パラリンピックの「後」を見据える
【松崎】あとは個人的に、2020年以降に組織基盤強化が大きな課題になると考えています。障がい者スポーツの多くは助成金や補助金頼みなので、成功したと言われるロンドンの事例ですら、ブラインドサッカーは5割の予算カットになっています。その2年後にあたる2014年には予算から7割が切られていました。オリンピックとパラリンピック開催までは右肩上がりなんですけど、終わった途端に予算カットの対象になる。このときに困るのは当事者たちなんです。
【窪田】社会に一定の役割を果たせるサービスを提供できるのであれば、しっかりとビジネスモデルを築き上げて、資金調達を含めて継続できる事業にしていくという道を開拓できますよね。つまずくことはあったかもしれませんが、なさってきたことの価値は大きいと思います。
【松崎】はい。このノウハウはシェアしていきたいですし、こうやったらうまくいくというよりも、こうやったら失敗したよっていうのも財産だと思うんです。
去年の世界選手権を終えて、やっと周りの人たちが、新参者で外部からきた僕のような人間にも少しずつ耳を傾け初めてくれたので、すごくいい契機になったなと思っています。僕がどこまでできるかはまた別の話ですけど、ブラインドサッカーだけにとどまっていてはわれわれが目指す社会は実現できないので、ブラインドサッカー、そして他団体の皆さんとで合従連衡を進めていきたいですね。
【窪田】ブラインドサッカーの海外との連携や、事業を国際的に展開する計画は考えておられるんでしょうか。
【松崎】個人的には日本での活動を世界に広めたいと思っています。いろんなご縁もあって、国際組織の役員や、アジア圏の代表にも就任しました。
資金調達をして事業モデルを築いていくところが、僕の経験を活かせるところだと思うので、ファンドレイザーの肩書きをもらって去年から活動を始めています。
世界に目を向ければあらゆることの文脈が変わります。スポーツを通じた部分であったり、パラリンピックが世界でプレゼンスを上げてきていたりする中でいうと、平和の祭典の色が薄まりつつあるオリンピックも、パラリンピックがあることでその役割を補っていると言えます。ビジョンに誠実な姿勢が、商業主義と並存できるようになってきたと考えています。
障がい者スポーツの世界では、ブラインドサッカーはものすごく小さな団体なんですけど、そこからスケールしていくことで他にも波及していく。こういうことは日本でもありえるし、世界でもありえると思います。
【窪田】垣根を取っていくということですね。社会を見渡すと障がい者と健常者は分けられて生活をしていることに気がつくし、そこに疑問を持たなかったことにも気がつきます。今まで分かれていた世界がひとつになるというのは、多くの人に勇気を与えますよね。
健常者であっても生きがいがなかったり、何をしたらいいのかわからない、自分がやりたいことがわからないという話を聞いたりします。そういう方にとって、何かひとつ見つけて打ち込むのは、こんなに素晴らしいことなんだということを知ってもらう力強いメッセージになりますね。
松崎英吾(まつざき・えいご)●1979年生まれ、千葉県松戸市出身。日本ブラインドサッカー協会事務局長。国際基督教大学在学時に、運命的に出会ったブラインドサッカーに衝撃を受け、関わるようになる。大学卒業後は出版社に勤務し、業務と並行してさらに協力し続けていたが、「ブラインドサッカーを通じて社会を変えたい」との想いから、日本視覚障害者サッカー協会(現・日本ブラインドサッカー協会)の事務局長に就任。「サッカーで混ざる」をビジョンに掲げる。また、スポーツに関わる障がい者が社会で力を発揮できていない現状に疑問を抱き、障がい者雇用についても啓発を続けており、サスティナビリティがあり、事業型で非営利という新しい形のスポーツ組織を目指す。2児の父。 >>日本ブラインドサッカー協会 http://www.b-soccer.jp/
窪田 良(くぼた・りょう)●1966年生まれ。アキュセラ創業者であり、会長、社長兼CEO。医師・医学博士。慶應義塾大学医学部卒業後、同大学院に進学。緑内障の原因遺伝子「ミオシリン」を発見する。その後、臨床医として虎の門病院や慶應病院に勤務ののち、2000年より米国ワシントン大学眼科シニアフェローおよび助教授として勤務。02年にシアトルの自宅地下室にてアキュセラを創業。現在は、慶應義塾大学医学部客員教授や全米アジア研究所 (The National Bureau of Asian Research) の理事、G1ベンチャーのアドバイザリー・ボードなども兼務する。著書として『極めるひとほどあきっぽい』がある。Twitterのアカウントは @ryokubota 。 >>アキュセラ・インク http://acucela.jp