毎日眺めていた「一幅の絵画」
彼が好きだったもうひとつが絵だ。彼は絵のコレクターではない。ある1枚の絵だけを偏愛していた。
それが『黄金の兜の男』。レンブラントが描いたと言われている老兵の肖像画だ。本物はベルリンのゲマルダギャラリーに展示してある。
高倉健はその模写をとても大切にしていた。
「ドイツのヴィッテンべルクという小さな城下町の旅籠に泊まった時、そこの階段にかかっていた1枚がとても気になって見、それを買いたいと言ったんですが、どうしても売ってくれなかった。ただ、どんな絵なのか由来は教えてくれました。それで、僕も1年かけて、模写してもらいました。戦場から戻ってきた老兵の顔に光が当たっているというだけの小さな肖像画ですが、どうしても自分のものにしたくてねえ。今でも家の壁に掛けて、毎日、眺めてます」
詳しくは『サービスの裏方たち』(新潮文庫)のなかに、高倉健が愛した模写として収録してある。そちらを参照いただきたい。
わたしは本物をベルリンまで見に行ったし、また高倉健本人から模写も見せてもらった。ネットで検索すれば、どういう絵なのかわかるけれど、その絵にある老兵は高倉健に似ている。
彼が亡くなってしまった今、その絵を見るとますます似ているように感じる。そして、彼が居間の隅で、暖炉の上に飾った『黄金の兜の男』を見ている情景はくっきりと想像することができる。(文中敬称略)