「80年代の後半から牛乳の価格競争が激しくなって単価が下がり、利益構造が悪化するという悪循環が顕在化してきました。さらに、牛乳を飲む世代の人口が少なくなってきた。そこで当時の中山悠社長(現会長)が、とにかく明確に差別化ができるおいしい牛乳をつくれと号令をかけました。これが『おいしい牛乳』開発のきっかけです」

竹山によれば、従来の牛乳は栄養を摂取するために飲まねばならない“義務飲料”だった。味や臭いが嫌いなのに、親から強制されて飲んでいる子供が多かったのだ。そこで明乳は、他社の牛乳よりも明らかにおいしい牛乳をつくろうと考えた。産地、乳脂肪分、価格によって差別化を図るのではなく、本当においしいから自発的に飲もうとする牛乳へ、つまり「義務飲料から自発飲料へ」牛乳を変身させることを目指したのだ。


明治乳業十勝帯広工場(北海道帯広市)。主にナチュラルチーズを生産。配管のなかを通っているので生産の過程で商品を目にすることはほとんどない。

約10年におよぶ研究によって、牛乳特有の臭気は、加熱殺菌の際に溶存酸素が牛乳の成分を酸化させるため発生することを突き止めた。溶存酸素の影響を排除するナチュラルテイスト製法を確立したのが98年。東北地方でのテスト販売の成功を受けて、「おいしい牛乳」が全国販売されたのが02年である。

明乳は「おいしい牛乳」以外にも、国産初の本物のヨーグルト「明治ブルガリアヨーグルト」やLG21乳酸菌を配合した「明治プロビオヨーグルトLG21」など、業界に先駆けて新しい商品を生み出してきた歴史を持っている。市乳マーケティング部長の佐藤精一が言う。

「LG21の話は薬事法の絡みがあるので話しにくいのですが、胃潰瘍や胃がんとピロリ菌が関係あると指摘されたのが25年ほど前。弊社は抗ピロリ菌について東海大学と共同研究を進めるなど、乳酸菌の新しい可能性を追求し、そして00年にLG21を発売しました。発売当時、ピロリ菌の認知度はほぼゼロ%。知っているという人の答えが、『水虫の菌』(笑)。こんな状況からスタートして、今や年間売り上げ約300億円です」

佐藤は、薬事法の縛りを回避する巧みなマーケティング戦略をとった。第1段は、ピロリ菌に関する啓蒙活動。第2段は、LG21乳酸菌がピロリ菌に有意に働く“らしい”ことを、商品の話を一切せずにマスコミに向けて報道。そして、商品発売直前に、明乳はピロリ菌を研究していると新聞に全面広告を打った。この3段階の広告宣伝活動に、佐藤は約3カ月の期間を費やしている。

さて、こうして見てくると、明菓も明乳も明らかに技術オリエンテッド型の企業であり、PBや安売りに走るのではなく、技術革新と不断の広告宣伝活動、地道な営業努力によって新しい市場をつくってきたことがよくわかる。いずれも、ごく真面目な、愚直な企業なのである。

しかしながら、菓子と同様、国内の牛乳マーケットが今後拡大する可能性は、ほとんどない。明菓、明乳ともに、中核事業でマーケットの成長が見込めない局面に立たされていることは間違いないのだ。そして、いずれの事業も極めて利益率が低い。統合の目的は、この状況からの脱出以外には、考えられないのである。(文中敬称略)

※すべて雑誌掲載当時

(永井 浩=撮影 ※肩書は取材時のもの)