たとえば今回の震災では、被災地の瓦礫の処分をどうするかという問題もありました。通常のルールからすれば、柱1本にも所有権は発生しますが、それを優先すれば復興にはとてつもない時間がかかってしまう。あるいは大学も、これまでは文部科学省の定めた厳密な年間授業日数を守るため祝日でも授業をしてきたのに、今回次々と授業開始日をずらす大学が続出しましたよね。

日本人の面白いところは、普段ルールやコンプライアンス重視と騒いでいるわりに、いざとなったらあっさりそれを撤回してしまうところです。この切り替わりの速さは、脳の働きからみると非常に面白い現象です。人間は、脳内の眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)というところで文脈の切り替えを行っています。普通はそのスイッチがなかなか入らないのですが、1度スイッチが入るとそれまでの文脈を切り替えて別の発想をすることができる。

この文脈切り替えを瞬時にできるということが、「ピンチに強い脳」を生み出す秘訣で、どうやら日本人はその能力に長けているようです。

科学の世界には、emergence(創発)という重要なキーワードがあります。これはemergency(危機)という言葉と非常に似ていますが、本来の意味は全く異なるものです。ところがこの2語は、ピンチにおいてはとても関係性の深い言葉でもあるんです。人生におけるspiritual emergency(魂の危機)とは、これまでの価値観が根底から覆されるような危機のことを指しますが、実はそのようなときにこそ人間は1番変われるからです。

今まさに、日本はspiritual emergencyを迎えています。被災地はもちろん、震源地から離れた東京でも、震災以来皆がピリピリしながら過ごしている。地震や津波といった天災以上に人々の心に重くのしかかってきているのは、原発の問題です。

今回の原発事故は、日本という国家システムの脆弱性を浮き彫りにしました。首都、東京が依って立つところの福島原発、この日本の政治経済基盤を支えてきた電力供給システムが、「想定外」の規模だったとはいえ、たった一瞬の地震によって壊滅的な打撃をうけたのです。