キリスト教は世俗の絵画は許容していた

聖画像の許容は、まぎれもなく、ヨーロッパにおける造形美術の発展を促した要因といえる。ただし、純粋な一神教の教えからいうと、キリスト教世界のありかたは、変則的だと言わざるをえず、偶像崇拝にたいする忌避感はたびたび表出した。

たとえばビザンツ帝国では8世紀、皇帝の命令によって、聖画像を否定する聖イコノクラスム画像破壊の運動が巻き起こった。これにより、国内を埋め尽くしていたであろう聖画像の多くは廃棄された。

聖画像破壊の波は100年ほどで収まったが、その影響は大きく、7世紀以前の作品はほとんど残っていない。現在の研究では、聖画像破壊運動の範囲について再検討が進められているものの、偶像崇拝否定と聖画像のあいだに、一定の緊張感があったのは間違いない。