――ずいぶん前になるが、糸井さんと神戸大学大学院教授・金井壽宏さんの対談をプレジデント誌で企画したことがある(2002年2月4日号)。そのとき糸井さんが言っていたことで印象的だったのは、「僕は企画が上がってきたときに、必ず『それはタダでやれないか?』と言うんです」という話。なぜか。単純に経済的余裕がなかったということではない。糸井さんは、「ほぼ日」を創刊する以前から人はどういうときに「おカネじゃない動機」で働くのか、また、そういう人はどのくらい世の中にいるのかに関心を持っていた。他人が身銭を切ってでもやらせてくださいというような企画が出せること、そういう仕事をつくることこそが、「解散しないプロジェクト」を存続させるための絶対条件なのである。
糸井さんが「お金の相対的な価値」の変化について気が付いたのはいつごろだったのか? お金が「二の次」ならば、いちばん大切なものは?
糸井重里さん
1998年6月6日に「ほぼ日刊イトイ新聞」を創刊。現在月間訪問者数は110万人を超える。「ほぼ」といいつつ毎日更新。「ほぼ日」を運営する東京糸井重里事務所は、2012年、独自の考え方や仕組みをもって運営し、成功している事業に送られる「ポーター賞」受賞。

僕は「これはもうそうなるに決まっている」というところだけ見ているのがクセなんです。「ほぼ日」を始めるときはインターネットを使う人たちは増えるに決まっていると思っていた。お金の価値がいちばんじゃなくなっているのも、構造としてすでにそうなっているなあと。じゃあいちばん価値があるのは何かっていうと、人なんです。本当はアイデアと言いたいけれどアイデアは見えなさすぎるから、人。人の発想力が最高の価値なんですよ。その発想を実行するのもまた人でしょう。全部、人。工場ひとつ建てるのに10億円かかったとか100億円かかったとかいうけど、たとえばグローバル企業のトップでそれくらいもらっている人はいますよね。人ひとりが動くのと工場ひとつをたてるのは同じことなんですよ。

そう言うとみんなそうだねって言いますが、心情的にはそうはなっていないですよね。1億円の報酬を超えた役員はみんな名前を公開せよとかいって、さもそれが特別なことであるかのように騒ぐ。1億じゃあ日本建築の家は建たないし、マンションでも本当に価値があるといわれるものは買えないですよ。それくらいのお金でとやかくいっているのは、前の時代の、お金を中心に置いた気持ちから抜け出せていないということでしょう。

『新装版 ほぼ日の仕事論 はたらきたい。』

大航海時代のヨーロッパで株式会社が生まれたときには、お金にはものすごい価値があったでしょう。船という建造物をつくり、命知らずの船乗りを集めるためにはまずお金が必要だった。でも今、問われるのは航海する目的は何だ、何をもってくるんだ、誰が乗るんだという、そっちのほうです。そこがしっかりしていればお金は集まる。人を集めるためにお金を積むのではなく、お金を集めたければ人を連れてこなくてはいけない。人の話をすべきなのにみんなまだ金をどうるすかの話をしている。そこに今いちばんの興味があるんですよ。『ワーク・シフト』にはこのことを証明するようなことが書いてあるんじゃないかなあと気になっていました。まだ読んではいませんが。

――『ワーク・シフト』の第2のシフトは「人とどうやってつながるか」という話、第3のシフトは「お金のために働くという価値観からどうやって脱するか」という話である。糸井さんの問題意識と大いに通じるところがあると思う。糸井さんが言った、とりあえず最初からまとまったお金がなくても事業がまわっていく仕組みが整ってきたということはそのとおりだろう。新しいお金の流れが生まれている。
『評価と贈与の経済学』(内田樹さんとの対談)などの著書のある岡田斗司夫さんは、「仕事をしたい人がみずからお金を払って仕事をする権利を得る」というシステムを自身の会社、FREEexに取り入れている。有料メルマガという形で、既存のメディアを介さずに読者から直接お金を払ってもらう書き手が増えているのも、新聞や雑誌といった情報の入った“器”を買うのではなく、アイデアそのものを、そのアイデアを思い付いた人から直接買うことができる仕組みが浸透したからこそだろう。