――ずいぶん前になるが、糸井さんと神戸大学大学院教授・金井壽宏さんの対談をプレジデント誌で企画したことがある(2002年2月4日号)。そのとき糸井さんが言っていたことで印象的だったのは、「僕は企画が上がってきたときに、必ず『それはタダでやれないか?』と言うんです」という話。なぜか。単純に経済的余裕がなかったということではない。糸井さんは、「ほぼ日」を創刊する以前から人はどういうときに「おカネじゃない動機」で働くのか、また、そういう人はどのくらい世の中にいるのかに関心を持っていた。他人が身銭を切ってでもやらせてくださいというような企画が出せること、そういう仕事をつくることこそが、「解散しないプロジェクト」を存続させるための絶対条件なのである。
糸井さんが「お金の相対的な価値」の変化について気が付いたのはいつごろだったのか? お金が「二の次」ならば、いちばん大切なものは?
僕は「これはもうそうなるに決まっている」というところだけ見ているのがクセなんです。「ほぼ日」を始めるときはインターネットを使う人たちは増えるに決まっていると思っていた。お金の価値がいちばんじゃなくなっているのも、構造としてすでにそうなっているなあと。じゃあいちばん価値があるのは何かっていうと、人なんです。本当はアイデアと言いたいけれどアイデアは見えなさすぎるから、人。人の発想力が最高の価値なんですよ。その発想を実行するのもまた人でしょう。全部、人。工場ひとつ建てるのに10億円かかったとか100億円かかったとかいうけど、たとえばグローバル企業のトップでそれくらいもらっている人はいますよね。人ひとりが動くのと工場ひとつをたてるのは同じことなんですよ。
そう言うとみんなそうだねって言いますが、心情的にはそうはなっていないですよね。1億円の報酬を超えた役員はみんな名前を公開せよとかいって、さもそれが特別なことであるかのように騒ぐ。1億じゃあ日本建築の家は建たないし、マンションでも本当に価値があるといわれるものは買えないですよ。それくらいのお金でとやかくいっているのは、前の時代の、お金を中心に置いた気持ちから抜け出せていないということでしょう。
大航海時代のヨーロッパで株式会社が生まれたときには、お金にはものすごい価値があったでしょう。船という建造物をつくり、命知らずの船乗りを集めるためにはまずお金が必要だった。でも今、問われるのは航海する目的は何だ、何をもってくるんだ、誰が乗るんだという、そっちのほうです。そこがしっかりしていればお金は集まる。人を集めるためにお金を積むのではなく、お金を集めたければ人を連れてこなくてはいけない。人の話をすべきなのにみんなまだ金をどうるすかの話をしている。そこに今いちばんの興味があるんですよ。『ワーク・シフト』にはこのことを証明するようなことが書いてあるんじゃないかなあと気になっていました。まだ読んではいませんが。