※本稿は、森翔吾『すべては「旅」からはじまった 世界を回って辿り着いた豊かなローコストライフ』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
孤独な時間を作って「自分の心」を見つめる
30代に入ってから、僕は「自分探しの旅」を続けてきた。輸入販売のための仕入れも行うが、一つの場所に半月から1カ月ほどステイしながら、日々数時間、仕事をするのが自分のスタイルになった。
「何で自分探しなんかしているんだ? 時間の無駄だよ」
「海外でもっと仕入れ先を探せば、儲かるじゃないか?」
いろいろなことを言う人がいる。確かに、「自分探しの旅」など無駄なことかもしれない。でも、無駄な時間こそ、僕は宝物だと思っている。毎日が同じことの繰り返しで、将来の暮らしの保証さえままならないサラリーマン生活を29歳で辞めたとき、「自分はどんな暮らしをして、どんな人生を送りたいのか」、真剣に考えなければいけないと思った。
自由の身になったのだから、やりたいことに挑戦してみようと英語を学び直して起業をし、仕事は何とか軌道に乗せたが、「自分はどんな暮らしをして、どんな人生を送りたいのか」は、つかめないままだった。
なぜなら、自分のことがわかっていなかったからだ。仕事に追われ、周囲の人に気を配り、なるべく問題を起こさないように日常を過ごしているうちに「自分の考え」や「自分が求めていたこと」すら、思い出せなくなっていた。
仕事で海外に行くことが増えていたこともあり、いつもと違う場所、いつもと違う人々の中に身を置き、孤独な時間を作って、「本来の自分、新しい自分を探す旅」をしてみようと決めた。32歳のときだ。
観光ゼロの旅へ
サラリーマン時代も、海外に行くことはあった。ニューヨークや香港、台湾など、エネルギッシュな街で非現実と開放感を味わった。でもそれは、ただの観光だ。「ここも、あそこも!」と欲張って観光をし、もともと疲れやすい体質の僕はすぐに眠くなり、旅先で感じたことを深く考える余裕がなくなるのが常だった。
そこで、旅のスタイルを変えた。「観光をしない」ことにしたのだ。ニューヨークへ行ってもダウンタウンやマンハッタンには足を向けず、ホテルがあるブルックリン周辺だけで過ごすと決め、朝はゆっくり起きてホテル近くに見つけたお気に入りのカフェへ行き、読書をし、ときどき仕事をする。眠くなったら、部屋に戻って昼寝をし、夕方には2時間ほどイーストリバー沿いを散歩する。
そんな毎日を旅先で過ごしながら、「この国で、この街で暮らすのはどうだろう? 移住できるだろうか?」と考える。そして、言葉もろくに通じず、友だちや知り合いもいない異国の地で、孤独な時間を作って自分の心の声を聞くのだ。テーマは3つ。
・なりたい自分
・欲しいもの
スマホやPCから離れ、ペンと紙だけを持ってひたすら思いついたことを書き続け、少し頭を冷やしてから優先順位をつけていくと、次第に自分が求めていたものが見えてくるようになる。ときには、デジタルデトックスしてみることが必要だ。

