家業に戻るも、待っていたのは厳しい現実

家業は「箱屋」。父が営む段ボール会社を継ぐため、西川さんは、22歳で愛知に戻った。しかし、待っていたのは、銭単位の値下げ交渉や、熾烈な価格競争といった想像を超える厳しい現実だった。

「クライアントから『あと何十銭下げられないか』と迫られ、できなければ取引を切られる。父は、頭を下げ続けながら必死で商売を続けていました」

自身が望んで家業の道へと進んだが、華やかな音楽業界で過ごしていたこともあり、弱気になる父と何度も衝突した。ある日、父が涙を浮かべながら言った。