夫妻の年商は約750万円。利益は400万円ほどだ。農家としては上々の成績だが、「年収200万円の男ですよ」と謙遜する。
しかし、東京時代に貯めたお金で、農地と自宅、トラクター、ビニールハウスなどへの初期投資は済んでおり、月々の生活費は2人で20万円弱。年に160万円も貯金できる計算になる。
「田舎にいると物欲がかき立てられないんですよ。たまに高価なウイスキーをネットで買うぐらいかな。昨年の贅沢は薪ストーブを自宅に導入したこと。ただ、薪になる枯れ木はそこらに落ちているので、暖房費の節約になってます」
都会育ちの在賀夫妻には田舎暮らしへの憧れはなかった。今でも「農作業自体は楽しくない。通勤ストレスがなくて、水や空気がキレイなのは嬉しいけど特に自然好きじゃない」と明かす在賀。転身した理由は究極の消去法だった。
会社員時代は、「あったら便利なもの」をつくってきた。しかし、30歳を過ぎたあたりから急に不安になった。世の中が大不況になり、年金制度の破綻や食糧難の時代がきたら、どうするのか。
在賀が出した結論は単純だった。
「なくては困るものをつくろう。農業なら、食うものはある」と。
農作業は厳しく孤独な作業だが、直販型だから顧客とのやりとりを楽しめる。「一番嬉しいのはお客さんから『助かったよ。この農場があってよかった』と言ってもらえたとき」。
皮肉屋の在賀が珍しく明るく笑った。顧客の顔が見える小さなビジネスだからこそ、素直に「つながり」を喜べるのだ。
(馬場敬子=撮影)