万博の目的は「一時の経済対策」なのか

万博が成功だったかどうかは、もっぱら万博運営の資金収支や経済効果など、損得勘定で語られることが多い。もちろん、万博が景気を押し上げるとすれば、好ましいことに違いない。今のように日本ブームで外国人観光客が大きく増えている中で、訪日外国人にお金を落としてもらえれば、日本経済にはプラスだ。だが、万博を開いた目的は一時の経済対策なのだろうか。

今回の万博誘致に大きな影響を与えた作家の故・堺屋太一氏は、万博をきっかけに日本の「国のかたち」を大きく転換していくことを訴え、万博開催を強く主張した。堺屋氏は1970年の大阪万博の開催の中心人物のひとりだったが、彼はノスタルジーで万博を再び大阪で開こうと考えたわけではなかった。婦人画報の記事で堺屋氏は、1970年の万博の「規格大量生産型の近代社会」というコンセプトが、その後、日本が自動車やカラーテレビを世界に輸出することで大発展するきっかけになったと総括している。それに代わる新しい日本を作るきっかけに、2回目の万博が必要だと考えたのだ。

万博記念公園と太陽の塔
写真=iStock.com/winhorse
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故・堺屋太一氏の残した言葉

その記事でこう語っている。堺屋氏は万博終了後に会場の夢洲に統合型リゾートを誘致し、万博のレガシーとすることも掲げていた。