始業や終業の時刻は、労働時間や賃金、休暇などとともに、労働者と使用者との間で交わす労働条件の大切な要素のひとつ。すでに契約の条件となっていますから、たとえ社長といえども、一度、締結した労働条件を一方的に変えることは許されません。それが、労働契約の大原則です。
日本では労働条件について、個別の労働契約ではなく、統一的な「就業規則」で定めることが一般的です。たとえば始業や終業の時刻も就業規則に書かれています。就業規則そのものは使用者が制定するものですが、いったんそれが契約内容となると、使用者も労働者の同意を得なければ勝手に変えることはできなくなります(労働契約法9条)。
その例外として、判例上、必要性と合理性が認められる一定の場合には不利益変更が有効とされてきました(最高裁・昭和43年・秋北バス事件)。2008年に施行された労働契約法の10条には必要性と合理性を判断する考慮要素として、「労働者の受ける不利益の程度」「変更の必要性」「変更後の内容の相当性」「労働組合等との交渉の状況」などと示されています。
必要性と合理性の判断は実務的には予測が難しい場合が少なくありませんが、始業時刻を朝9時から朝7時に早めるような変更は、家庭生活や社会生活上の不利益も大きいですし、いっぺんに2時間も早くするだけの強い必要性もないでしょうから、必要性も合理性もないと判断されると思われます。
労働組合がある場合は、このようなラディカルな変更には慎重な意見を表明せざるをえないでしょうから、会社としても強行は無理と判断するでしょう。
仮定の話として、過半数労働組合が就業規則の変更に賛成意見を述べたり、労使協定をつくって合意したりしても、それだけでは非組合員は拘束できません。さらに、たとえ組合員だったとしても、本件のような始業時刻の大幅変更は組合自治の範囲を超え、不利益の大きい労働者などには拘束力は及ばないと考えます。
労働組合がないような会社では、労働者代表として選ばれている人が賛成意見を述べるといったことも考えられます。しかし、多くの場合では必要な情報が提供されていなかったり、職場の意見がまともに集約されていることは少ないので、なおのこと変更が有効と判断されることはないと思います。