学生→ヤミ米販売→魚屋

本人曰く、奇跡的に合格し、入学する。目指すは絵描き。だが、ひたすら絵を描いていればいい身分ではない。誰もが生きるのに必死な時代だ。日々の糧を得る必要があった。

まず手を出したのが、ヤミ米の買い出しだ。千葉の農家で米を買い付けて東京で売ると、1回500円ほど儲かった。この頃(昭和21年)の一世帯当たりの消費支出は平均で月約2000円程度だった。効率の良い稼ぎ方だったことがうかがえるが、列車のなかで財布をすられたのをきっかけにヤミ屋をやめる。

そうした中、ある日、病院仲間に「新生会」という謎の会合に誘われる。行ってみると、それは傷痍軍人の団体の集まりだった。傷痍軍人が街頭募金する光景をドラマなどで目にしたことがある人は多いだろうが、水木たちはその走りだった。