「死産」か「生産」かを巡る法廷論争
この被告女性は、逮捕後に警察官や検察官の質問に対し殺害を認める供述をしているが、その後、弁護士との接見時、実は出産前後の記憶がないと打ち明けた。公判結審時の最終陳述では「記憶がない」ということの悲しみと、そのために自分を責める気持ち、赤ちゃんへの申し訳なさを、被告は泣きながら語った。
埼玉県で起きた嬰児殺害遺棄事件(2021年)では女性は二度、孤立出産後に赤ちゃんの遺体を隠していた。女性は殺害を否認し、「死産」か「生産」かをめぐり検察と弁護側が争った。遺体は腐敗が進み、司法解剖では死因は「不明」だった。
検察と弁護人はそれぞれ産婦人科医を参考人に招き、法廷はさながら医療者対決のような展開となった。「生産」の可能性が高いことを立証しようとする検察側証人の産婦人科医に対し、弁護側証人の蓮田氏は、遺体の状況から考えるとあくまで「事実はわからないこと」と主張した。
検察は7年を求刑し、2024年3月に懲役5年6月(求刑懲役7年)の実刑判決が下りた。被告女性は控訴したが、2025年1月、東京高裁は控訴棄却を決定した。
裁判では重視されていない「特性」
これまでの裁判では、境界知能や神経発達症と孤立出産殺害遺棄の関わりは積極的に認められていない。女性に「特性」があることは認めるものの、そのことと事件の因果関係は切り分ける判決が続いている。
孤立出産が引き金となったこれらの事件の傍聴を重ねると、被害者はもう一人いることに気づかされる。一人目の被害者が亡くなった赤ちゃんであることはいうまでもない。もう一人の被害者は、ほかの誰でもない、被告女性だ。
前述の通り、興野医師が精神鑑定した4人の被告女性は全員が境界知能であることがわかった。境界知能の場合、状況を認識する力が弱く、今、自身に起きている問題や出来事を客観的に捉えることが苦手だという。それは、他者に事情を話して助けを求める行動を起こしにくいという現象に現れる。
また、神経発達症との関わりを興野氏は指摘した。たとえば、「片づけられない」「時間の約束を守れない」「計画的にお金を管理できない」「衝動的な行動が多い」といった生活態度が見られた場合、それらはADHDの特性との関わりが考えられるという。
さらに、こうした事件と結びつきやすいADHDの特性があるという。興野氏は次の2点を挙げた。