イチロー選手は、シーズン前に目標を立てるとき、「首位打者になる」とは決して言わない。他の選手がどれくらい打つかは自分でコントロールできることではない。あくまでも、自分の工夫できる範囲の、打撃についての目標を立てる。その結果首位打者になるかどうかは他の選手次第。やきもきしても始まらない。
自分でコントロールできる範囲を、脳は「エイジェンシー」(主体性)として知覚している。この範囲を見誤ると、自分がコントロールできないことまであれこれと悩むことになる。その結果、ストレスが溜まる。世の中を見ていると、そのような人が案外多い。
脳には、もともと、自分自身を治癒する能力がある。砂糖のかたまりを「薬だよ」と言って投与すると効いてしまう(「プラシーボ効果」)のは、脳がその気になるからである。その際に関与する神経回路も実験でわかっている。
ところが、ストレスをためると、脳の自己治癒能力を妨げてしまう。まさに「病は気から」で、体調を崩してしまうことも多い。せっかく一生懸命働いても、結果として調子が悪くなってしまっては、元も子もないだろう。
ストレスなく働くための秘訣とは、まずは、ベストを尽くすことである。しかし、相手次第で決まることについては、結果が悪くても、諦めることである。自分でコントロールできることと、できないことの区別。このシンプルな整理を実践すれば、大抵のストレスはこの世から消すことができる。
「仕方がない」「諦める」という言葉は、消極的なようでいて、実はベストを尽くす人の座右の銘でなければならない。ベストを尽くして、結果がダメなら仕方がないと諦める。この態度が、人生に太陽をもたらすことをもっと多くの人に知ってもらいたい。
(写真=ロイター/AFLO)