薩長藩閥によって「逆賊」に
尊氏に対する過去の評価の話に戻る。南北朝時代について、明治時代の国定教科書『尋常小学日本歴史』には「南北両朝の対立」と表記されていた。並立する2つ朝廷に対し、どちらが正統だといった評価はされていなかった。
現代の価値観からみれば、ごく当たり前の表記なのだが、これに噛みついたのが明治44年(1911)1月19日付の読売新聞だった。
「南北朝対立問題(国定教科書の失態)」という見出しがつけられたその記事は、件の教科書を厳しく糾弾する内容だった。すなわち、建武の中興に際して後醍醐天皇を支えた楠木正成や新田義貞ら「忠臣」と、それに反旗を翻した足利尊氏と直義兄弟ら「逆賊」が、同列にあつかわれていること。両朝の分立をあたかも国家の分立のように記されていること。それらが厳しく糾弾された。
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