当座預金だけでなく、貯蓄口座にも手を付けられていた
わたしはすぐに金融街シティの一角にある取引店にぶっ飛んで行った。
背の高い黒人の女性行員に口座の入出金明細を見せてもらうと、驚いたことにコールセンターが3件の送金を取り消した直後に、再び送金が行われていた。今度は7850ポンドが2件と8000ポンドが1件である。今もどこかで犯人がネットで操作をしているかと思うと慄然とした。
ふと嫌な予感が脳裏をよぎった。家内の口座は大丈夫だろうか?
彼女に頼んで家内の口座を調べてもらった。
「こちらの口座もやられています」
キーボードを叩いてスクリーンを見た彼女が、げんなりした表情でいった。
家内の口座も滅茶苦茶に荒らされていた。当座預金だけでなく貯蓄口座からも出金され、ミスター・ベイグやミスター・アシュファクに送金されていた。
口座の動きを調べると、家内のほうから侵入されたようだ。家内の口座は単独名義だが、わたしの口座は家内との共同名義になっていた。したがって家内の名義でインターネット取引ができれば、共同名義の口座にもアクセスできる。
その日、このような取引はしていないという銀行の所定の文書に記入・署名し、わたしの顧客情報を警察に提供する同意書にもサインし、すべての送金取引を取り消し、口座を凍結してもらい、警察署に行って被害届を出した。
41人による組織犯罪の仕業だった
翌朝、銀行から家内あてに1通の手紙が届いた。インターネットバンキングの利用登録を受け付けたという、電子サービス部からのものだった。日付は事件の5日前。何者かが勝手にインターネットバンキングの利用登録をしたということだ。
それにしてもなぜそんなことができたのか? こちらの個人情報や暗証番号が分からないと、利用登録はできないはずだ。
真相は9カ月後に分かった。ある日突然英国中部レスターシャーの警察から電話がかかってきたのだ。日頃まったく縁のない地域なので、何事かと思って話を聞くと、ネットバンキング詐欺の犯人を捕まえ、裁判にかけるので陳述書を書いてほしいという。筆者の事件の半年くらい前から大規模な金融詐欺が発生しており、捜査を進めていたのだという。
捕まった犯人は総勢41人で、筆者の取引銀行のインドにあるオペレーションセンターの行員も含まれていたという。結局、41人のうち11人が懲役1年から4年半の実刑判決、残りは電子タグ等を付けられての執行猶予刑になった。
内部の人間の犯行は防ぎようがない。この事件では、盗られた金の一部ないしは全部が被害者たちに返還あるいは補償されたかどうかは不明だが、筆者は口座の残高をマメにチェックしていたおかげで、間一髪で助かった。