アンケートより 「認知症の親の介護つらかった場面は」
父が行方不明に
父は神奈川県在住だが、東京都内に出たときに行方不明になった。捜索願を出したが翌日になっても見つからず、半分絶望的な気持ちになっていたら、夜9時に父が玄関に何も言わずに座っていた。都内で行き先がわからなくなり、目的地を求めてずっと歩き回っていたらしい。「心配しているとは思ったんだけど、番号がわからなくて電話できなかったんだ」と子どものように言う父を見て涙が出た。[さえさん/56歳]
羞恥心がなくなる
認知症になった母は、食べ物とお金への執着が強くなってしまった。おなかがすくとゴマ塩や調味料をなめたり、ケーキを手づかみで食べたり。ペットのエサを「人間は食べちゃだめなの?」と真顔で尋ねてきたときは、本当につらかった。明細書や通帳を何時間でも見続ける姿は異様で、悲しい。[らのさん/56歳]
母の嫉妬・妄想がキツい
亡くなった母は、70歳のころから嫉妬や妄想が強くなり、財布の中を何度も確かめ、暴言を吐き、昼夜逆転の症状が出てきて、アルツハイマー型認知症と診断された。いちばんつらかったのは、弟のお嫁さんの母と、自分の夫(私の父)の関係についての嫉妬・妄想を聞かされることだった。身内はもちろん友人にも相談できなかった。[モンブランさん/58歳]
兄妹のトラブルに発展
認知症の義母の介護にあたって、よく話し合わずに義妹をキーパーソンにしてしまった。大事なことを他人まかせにする義母は、義妹夫婦に都合のいい遺言書を作ってしまった。義妹は兄(私の夫)に新しい遺言書を作らせないために成年後見人として家裁に申請。結局、弁護士が保佐人となったが、義母の財産は義妹がすべて預かっている。[人生いろいろさん/61歳]
被害妄想が強くなる
趣味の陶芸教室で「自分の作品を盗られた」と言い始め、アルツハイマー型認知症と診断された母。その後もお金に強い執着を示し、母の通帳や株式などの管理はさせてもらえない。その一方で、本人は大きな家具やお墓にお金を使いたがる。これまで自分のことはあと回しで家族のために生きてきた母。本当は自分を大切にしてほしかったんだろうし、もっと自分のためにお金を使いたかったんだろう。[M・Iさん/58歳]
大好きだった祖母の変化
祖母は誰にでもやさしくて、怒ることもほとんどなく、私は祖母が大好きだった。でも認知症になってからは「お金がない」「アクセサリーがない」「盗ったのはお前だろう」と目をむいて怒り、私も感情にまかせて反論してしまった。父にグチを言うと、私の話を最後まで聞いたうえで「でも病気だからね」と諭してくれた。父は懐が深い。父が認知症になったとき、同じことができるだろうか。[はなしんごさん/36歳]