父に内緒で作り始めた
「うちがやる以上、中途半端なものは作れない。勝つか負けるかの勝負だ。ぶっちぎりのデザインにしよう!」
早速、商品を考えていく。他のメーカーが作るアマビエだるまより可愛らしさを前面に打ち出すことにした。どうやってかわいいだるまを作ろう? アイデアの糸口を探っていると、一つの出来事を思い出した。
「わたしには姪っ子がいるんですよ。その子にパステルカラーのユニコーンのぬいぐるみを渡したことがあったんですね。イギリスに出張した時のお土産なんですが、すごく喜んでくれて。その色を使おうと決めたんです。考えてから数日で作りました」
アマビエだるまの製作・販売は"秘密裏"に行われた。
伝統工芸士の資格を持つ父にバレると絶対に怒られる。そう思った千尋さんはインスタグラムで発注を受けて、発送し、こっそりとレジを打ってお金を入れた。
アマビエだるまを求める声は予想以上に多く、日に日に注文は増えていった。注文に応えるために次から次へと作る。工房には色鮮やかでファンシーな世界が広がった。
この状況でアマビエだるまが父にバレないはずがない。ある日、異様な光景に限界を感じた純一さんは、千尋さんの胸ぐらを掴み、声を荒げた。
「ここを潰す気か!」
月3000個が売れるヒット作に
高崎だるまの特徴は、鶴を表現したまゆげ、亀を表現した口ヒゲ、それと目にある。日本の吉祥を顔に表現していることから、福だるま、縁起だるまと呼ばれている。それを変えるのは伝統や歴史に背くことを意味する。県内有数の高崎だるまの伝統工芸士として、純一さんはアマビエだるまの製作を許せなかった。
しかし、千尋さんも懸念点についてはシミュレーション済み。毅然と反論した。
「大門屋を潰すか、アマビエを売るか。どちらかしかないでしょ! どっちを選ぶの!」
言葉の意図を理解した純一さんは手を離し、無言で自分の持ち場へ戻った。
その後もアマビエだるまの製作にはノータッチだったが、ある日、増え続ける注文を見て、意を改めた。
「全員で作れ!」
こうしてアマビエだるまは大門屋の公式商品となった。注文は千尋さんの想定以上で、販売開始から1カ月で2000個売れた。さらに注文は増え続け、ついに9月には月間の販売数が3000個に達した。アマビエフィーバーは1年続き、大門屋は倒産の危機を脱出する。
6月から12月までの半年間で例年の2倍以上の売り上げにまでV字回復し、社員には大手企業並みのボーナスを支給することができた。