台湾での成功体験をつかんだ千尋さんは中国語の勉強を始めた。群馬県内に住む台湾の人たちの交流団体「群馬県台湾総会」に相談し、語学講師を紹介してもらった。2週間に1回、2時間のレッスンを半年間受けた。
「仕事に必要なことを1冊のノートにまとめて、『これを話せるようになりたいです』ってお願いしました。日本語の文章に漢字を書いてもらい、読み方を教えてもらって、後は再現できるように練習。音を覚えるのとマネをするのは得意なので、半年間で中国語ーー仕事や日常会話に必要な北京語が話せるようになったんです」
コロナ禍のピンチ
職人としての力量をつけ、海外出張でも販売実績を挙げ続ける千尋さんは大門屋でも存在感を増していく。純一さんとの口論も多く、会話を交わすと喧嘩になるため、従業員を介してコミュニケーションを取る機会が増えた。
大きな転機が訪れたのは2020年1月。横浜港に停泊した大型クルーズ船で、新型コロナウイルスの集団感染が起きた。テレビで流れていたこのニュースを見た時、千尋さんは悪い予感がした。
「うちって絵付け体験に海外から1万人が来るんですよ。終わったなと思いました」
その予感は現実のものになった。
1月から3月までの売り上げはほとんどゼロだった。一般的な企業であれば材料の仕入れをストップして出血を抑える。しかし大門屋は逆の方策を採っていた。「仕入れ先を潰すわけにはいかない」と考えた純一さんが仕入れ量を通常の2倍に増やした。
「こんなに増やして何やってんの!!」
千尋さんが純一さんに問いただすと、怒り交じりの言葉が返ってきた。
「その言葉遣いは何だ!どうにかしろ」
「どうにかすると言ったって……」
窓から外を眺めると店の前の国道には車が1台も通っていなかった。
「アマビエだるま」に躊躇した
それでも対策を考えなければいけない。その時、千尋さんの頭の中に浮かんだのはニュースやSNSで見かけるようになった疫病を封じる妖怪「アマビエ」だった。
調べてみると「アマビエだるま」を作っているのは1~2社で、大門屋より規模の小さい高崎だるまの店だった。このタイミングで大がかりな製造・販売を始めるとほかの店の利益を圧迫してしまう恐れがある。それだけは避けたかった。
それに大門屋は高崎だるまの最大手でもある。伝統を破ってまでだるまを作っていいのかも判断がつかない。踏ん切りはつかなかった。
コロナ禍の収まる気配はなく、売り上げゼロの状態が5カ月目を迎えようとしていた。電気代を節約するため店内の明かりを落とし、薄暗い状態で店を開けていた。
崖っぷちだった2020年の5月上旬。インスタグラムのフォロワーからのダイレクトメッセージが相次いだ。
「千尋さんのデザインしたアマビエだるまを買いたいです」
この頃、アマビエだるまは既にブームとなり、新聞やニュースを連日賑わせていた。もし大門屋が作ったとしても後発の立場となる。そう考えると他の店舗の利益への影響は大きくないはずだ。それに声をかけてくれたお客さまの要望には応えたい。
千尋さんは覚悟を決めた。