多民族国家・オスマン帝国の栄枯盛衰

オスマン帝国は、かつては学校で「オスマン=トルコ」と習いましたが、現在の教科書では「オスマン帝国」となっています。この帝国は広大な面積を支配し、トルコ人の国家ではなく多民族国家になっていたという研究の成果です。

イスラム教スンニ派の国家として西アジアばかりでなくバルカン半島から地中海地方の広範囲に領土を広めました。ただし、領土内のユダヤ人やキリスト教徒に改宗を強制することはなく、税金を納めれば信教の自由が保障されていたのです。この寛容さが、14世紀から20世紀初頭まで存続できた大きな理由でした。

この帝国は君主であるスルタンがイスラム教スンニ派の指導者カリフ(ムハンマドの後継者)の地位を兼ねる体制をとり、16世紀にはイスラム世界の盟主となりました。