介護は突然やってくる

筑紫さんは在宅介護が始まって約3カ月経った時、「もうしばらくは頑張れそうだ」と思った。

「覚悟はしていたつもりでしたが、初めの2週間がとてもきつかったです……。予想外だったのが、寝かせても10~20分ほどで起きてしまい、『ゆうちにー、ゆうちにー』と再帰性発話をして私を呼び続けること。『ちょっと待ってね』と言うといったんは止めるのですが、5分も経たないうちにまた呼び始めます。発作のような状態になった時は、体を左右に揺らし、私のほうに、動かせる左手を伸ばして呼び続け、何を言っても聞き入れてくれません。苛立ちと同時に、母の奇妙な姿を見るのもつらかったです」

再帰性発話とは、重篤な失語症の患者に見られる、特定の言語を反復する行為だ(※)

※:国立長寿医療研究センターリハビリテーション科医長の大沢愛子さんによれば、ある人は「ひゅー。ひゅー」、別の人は「ほだね。ほだね」と繰り返し、「あの人があの人やからあの人やねん」「あの人やったというのはあの人やからな」など助詞や助動詞を挿入するなど多様な表現を繰り返す症例も報告されているという。(出典:日本医事新報社【識者の眼】「脳が生み出す言葉:再帰性発話と脳の不思議」大沢愛子

「母が横になっている間に、夫の会社(建築系)の事務仕事くらいはできるだろうと思っていたのですが、そんな時間などなく、家事もずいぶん手抜きをしています。母が朝起きてから寝るまで、常に母の状態を気にしながら過ごしています。おまけに、『はい』と『いいえ』が曖昧でお互いがイライラしてしまうのです。情けないですが、『やっぱり要介護5の母を家で介護するのは私には無理なのかもしれない』と何度も思いました」

しかし3カ月が過ぎた頃、母親の要求がわかるようになり、母親自身も環境の変化に慣れてきたのか、落ち着いてきた。筑紫さんは、「なんだ、お母さんもつらかったんだ」と気づいた。

「倒れる前は何でも一人でできていた母が、要介護5になったという現実を受け入れることはとてもつらいことでした。今でも、大好きな母がどこか遠くに行ってしまったような寂しい気持ちがあります。高次脳機能障害により、食べられないものを口に入れたり、手掴みで食事をしようとしたりし、そんな母の姿を見るととても切なくなります。パニックのような状態になり、再帰性発話を発し続ける母を見ると心が苦しくなります。この先、母の認知機能が低下していき、私の事もわからなくなった時、介護が続けられるだろうかと考えると、とても不安になります……」

ベッドで横になっているシニア女性
写真=iStock.com/Rawpixel
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筑紫さんは元気だったころの母親の写真や動画を見ながら、「一番つらいのは不自由な体になった母なんだ」と思い、「もっとお母さんに優しくしなければ!」と毎晩寝る前に反省する。

「同居する娘には時に諭され、時に励まされていますし、夫も介助を手伝ってくれています。近所に住む看護師の友人たちに介護について相談したり、アドバイスをもらったりもしています。その中で、『利用できるサービスは大いに利用し、できるだけ楽をして介護をしたほうがいい。それが長く在宅介護するために必要なこと』と言われ、介護サービスで母を預かってもらう事に罪悪感を持つことがなくなりました」

また、言葉を失ってしまったはずの母親だが、時々『ありがとう』『おやすみ』と言葉を発する瞬間や、笑顔になる時がある。そんな時、筑紫さんは母親を「介護して良かった」と感じ、母親と昔のことを話したり、母親の体調が良くなった時には、心から嬉しいと思えた。