余裕がない
倒れる前までは何でも一人でできていた母親だったが、右半身麻痺や高次脳機能障害の後遺症が残り、介護認定の結果は要介護5だった。食事、入浴、排せつを基本とする日常生活の大半にサポートが必要な「全介助の状態」ということだ。
母親は、リハビリ病院を退院した当日から訪問看護を利用し始め、退院3日目から週2日デイサービスを利用。
退院2週間目からは、筑紫さんが仕事の時などのために、必要に応じてショートステイを利用した。
退院前に受けた介助指導で、筑紫さんができるようになったのは以下のようなことだった。
・ベッドと車椅子の移乗
・トイレ介助
・おむつの交換
・口腔ケア
・食事の介助
・着替えの介助
・導尿
問題はトイレ介助だ。
母親の介助に慣れていない人の場合は二人でトイレ介助をしていたため、在宅で筑紫さん一人で介助できるかという点と、自宅のトイレに車椅子が入るかという点が問題だった。
病院には事前に「家屋情報収集シート」を記入し、家の間取りと寸法、写真を提出している。
1階トイレは大きめだが、ギリギリという印象。
「お母さまは小柄なので、小さめの車椅子で肘置きが跳ね上げ式+ステップが着脱可能であれば大丈夫だと思います」と理学療法士が言った。
「実際、ギリギリ車椅子を入れて便座に移乗させることができました。ただ、母と暮らすようになって、想像していた以上に時間がありません。母の退院前は『これを作って食べさせてあげよう』などと、してあげたいことをいろいろ考えていました。でも今のところ、手の込んだ料理を作る余裕がありません。病院の理学療法士さんが『退院後の生活に慣れるまで、自宅であっても3カ月はかかります』と言っていましたが、それは母だけじゃなく、介護をする私にも言えることなんだと気付きました」
筑紫さんの母親は要介護5だったが、起き上がることはできないものの、寝返りは打てるし、手すりを持たせて少し支えてあげれば20秒程度は立つことができた。そのため、筑紫さん1人でトイレ介助をすることができた。
車椅子上でお尻を奥にずらす時も、動く左足で母自身が踏ん張るか、ズボンのお尻を後ろから少し引っ張ってあげるだけで、自分でずらしてくれる。
「現在は一日10回ほどトイレ介助をしています。病院では“尿意を伝えられない”と言われていましたが、言葉こそ出ませんが、母はちゃんとトイレに行きたいと伝えることができています。退院後は排尿も順調なので、心配していた導尿も現在は必要ありません」
食事も車椅子で筑紫さんたちと同じテーブルにつき、少しの介助をすれば自分で食べることができた。
「少しでも自分でできることは喜ばしいことですが、そのことが、母に付き添う時間を長くしているとも言えます。まずは1カ月。今は母も私たちもこの生活に慣れることだと思っています」
母親と暮らすようになって、筑紫さんは朝5時に起きて洗濯と、24歳の娘のお弁当作りをし、6時45分頃母親を起こしておむつ交換とお尻洗浄、トイレ・身支度・食事介助などをして、デイサービスがある日は8時半にデイサービスに送り出している。
デイサービスがない日は、10時におやつ、12時に昼食、15時にまたおやつを食べさせ、昼寝。その間に夕食の準備や洗濯物のとり込みなどをして、18時に夕食。19時半に血圧・体温測定、お尻洗浄。拘縮予防の足マッサージなど、母親の就寝準備。22時にオムツ交換をして、22時半に就寝……という生活を送っていた。