看護師とはどんな仕事なのか。小児外科医の松永正訓さんは、1973年生まれのある一人の看護師に半生を聞いた。松永さんは「医師であるぼくも知らない看護師の舞台裏をたっぷり聞くことができた」という。手術室でのエピソードを紹介しよう――。

※本稿は、松永正訓『看護師の正体 医師に怒り、患者に尽くし、同僚と張り合う』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
※登場人物の名前は仮名です。

手術
写真=iStock.com/Gumpanat
※写真はイメージです

「けっこう出血するよ」と教えられていた肝切除の手術

夏になり、千里は肝臓がんの手術の外回り(※編注:オペ室看護師の仕事の一種。手術記録用紙への記録や照明の位置の調整、出血量の測定などを行う)を担当することになった。肝切除は、初めてである。先輩から「ヘパテク(肝切除)はけっこう出血するよ」と教えられていたが、何とかなるだろうと千里は踏んでいた。

「では肝右葉切除、始めます!」
「よろしくお願いします!」

外科医と器械出しの看護師の声が響き、手術が始まった。

胃切除ではみぞおちから臍の下まで縦に一直線に皮膚を切開するが、肝切除では、胸のすぐ下を湾曲を描いて横に大きく切開する。

「コッヘル!」
「コッヘル!」
「電気メス!」

ジジジ、ジジジという音と共に、肉が焦げるにおいがし、ほのかに煙が立ち上る。外科医たちはゆっくりとお腹を開いていった。

千里は開腹時刻を記録用紙に記入し、高さ30センチほどの足台(踏み台のこと)を執刀医の後ろに置き、そこに乗って手術野を覗き込んだ。赤い肝臓が見える。食材のレバーそのものだと思った。

出血するとすれば肝臓を割っていくとき

「光当てて!」

術者の声で、千里は無影灯のフレームを握って角度を調整し、焦点のツマミを回して光を一点に当てた。肝切除は、最初に肝臓に流入する血管を縛る必要がある。肝動脈と門脈である。外科医たちは丁寧に血管をあらわにしていった。

1時間くらいして肝臓の右葉に行く血管をすべて縛り終えた。いよいよ肝臓を半分に切って右半分を取り出す番だ。出血するとすれば肝臓を割っていくときである。

CUSAキューサー(超音波外科吸引装置)、用意して!」

千里は、冷蔵庫くらいの大きさのある機械本体の電源スイッチを入れ、超音波のパワーと吸引のパワーをそれぞれ標準の目盛りに合わせた。執刀医は棍棒のように太い超音波メスを手にして、「いいですね!」と全員に声をかけると肝臓に切り込んでいった。

ギーンと超音波メスが肝臓に食い込んでいく音と、同時に組織片を吸引していくズルズルズルという音がする。

助手の外科医たちは、ガーゼで手術野を拭ったり、吸引器で溜まった血液を吸い取ったりして視野を確保していた。

千里は足台から下りると、肝切除開始の時刻を記録し、吸引瓶に溜まった出血量をチェックした。けっこう血が出ている。