出血カウントを正確に、早くやらなければならない
でも、それはどうでもいい。患者のために今一番大事なのは輸血。そのために出血カウントを正確に、そして早くやらなければならない。
血のガーゼは勢いが衰えることなく、次々と落下音を立てながら床に落ちてくる。先が見えない。千里にとって初めての体験だった。ガーゼ10枚の山がどんどん並んでいった。出血量は1000グラムになろうとしていた。
(用意したガーゼ、足りるかな?)
千里の脳裏にはそんな考えが一瞬よぎったが、器械台を見やる余裕もなかった。
その時、オペ室のドアがブーンと音を立てて開いた。先輩の看護師だった。床に這いつくばっている千里を見て、先輩は声を張り上げた。
「あんた何やってるの⁉ 何で人を呼ばないの⁉」
千里は、カチンと来た。
「呼ぶ暇がありませんでした!」
そう言いながら、千里はガーゼカウントを続けた。とても先輩と向き合って話をする余裕はなかった。
結果としてうまくいったらしい
急遽、外回りの看護師がもう一人ついた。その看護師は、器械出しの補助をしながら手術記録をつけ、千里は相変わらずひたすらカウントを続けた。外回りが二人になっても血のガーゼは降り続け、千里は気が遠くなりそうになった。(もう限界……)と思った頃に、ようやく血の雨が止んだ。
術野から半分に割られた肝臓が取り出された。器械出しの看護師は肝臓を膿盆に載せ、生理食塩水に浸してガーゼで覆った。
ここから先はまったくと言っていいほど出血しなかった。患者のバイタル(血圧や心拍数)も安定している。輸血もうまくいって患者の全身状態が悪くなることはなかった。結果としてうまくいったらしい。ヘパテクって血が出るって本当だったんだな。
千里はホッとした。でもクタクタだった。やり切ったというよりも、先輩に怒鳴られたことが不満だった。あんなにがんばったのに。