苦労しているのに、機嫌がいい人たち
トヨタの最先端現場と言えばこれまで見てきたように自動運転、無人運転、水素、ロボット、AGVによる自動搬送、試作車、試験車の開発が該当する。いずれも最新の技術、メディアには出していない技術を使う現場のことだ。
……そう私は思いこんでいた。普通、そうだろう。最先端現場と言えばまだ実現していない最新の技術を使った現場のことだと思い込む。
しかし、事実はそれほど単純ではなかった。上記のような最先端現場に共通するのは自動運転、水素といった先端技術を扱っていることだけではなかった。最先端現場でわたしが見たのは「すごく楽しそうに苦労している姿」あるいは「頭をかきむしるような苦労の体験を楽しそうに話す人たち」がいることだったのである。
どうして、この人たちは楽しそうなのか。なぜ、これほど機嫌がいいのか。
苦労の連続になる最先端現場であればあるほど機嫌がいいのはなぜなのか。
わたしは取材しながらこのことを考え続けた。そして、最後に訪ねた初代クラウンのレストア現場でやっと答えがわかった。答えはクラウンのレストアという最先端現場について伝えてから開陳することにしたい。
「趣味はロカビリー」レストア現場で働く技能者
レストア現場で会ったのは川岡大記。2000年に学園に入り、トヨタに入社したのは2003年。出身は静岡市。趣味はロカビリー。ロカビリーと言っても中高年がピンとくる戦後のロカビリー歌手、平尾昌晃、ミッキー・カーチス、山下敬二郎のことではない。金髪のリーゼントとグレッチのギターをトレードマークにしているブライアン・セッツアーのファンだ。
川岡はかつてはブライアン・セッツアーに似たリーゼント風長髪だったが、今はそれがやや崩れた感じに変わっている。そして、彼の妻もまたバンドをやっている。妻はハンドパーカッション担当。西アフリカの打楽器、ジャンベなどを演奏する。
川岡は言った。
「妻がパーカッションと言うと、じゃあ叩かれるでしょと聞いてくる人がいます。野地さんは聞いてこないでしょ」
そう言われたら聞けない。
それはさておき、なぜ、学園に入ったのか。
「中学の頃から僕は自立したかった。自分のなかでは普通に高校へ行って、大学へ入ってというコースをイメージできなかった。そして、家族みんなでご飯を食べに行ったりした時、親がお金を払うことに対して僕は違和感を覚えたわけです。自分で食べるのだから、自分でお金を出したいと思っていました。
そんな考え方でしたから、中学を卒業したら、働きながら学べる企業内訓練校がいいなと思ったわけです。もうひとつ航空機専門の学校がありました。ですが、飛行機と車のどっちが好きかを考えた結果、トヨタにしたわけです」