空回りした20代

さっそく2人は、自分たちが育てた中から一押しの海苔を選び抜いた。「どこで袋を仕入れるんだろう」「成分表示って?」とわからないことばかりだったが、商工会議所に相談して商品化にこぎつける。まずは、地域の特産品を売るアンテナショップに並べてもらうことにした。だが、まったく売れなかった。

業を煮やした邦彦さんはテレビ局や新聞社に「地産地消の世の中で、漁師が作った海苔を取り上げない手はないです」と手紙を書いた。すると、地元の新聞社が記事にしてくれた。手のひらに乗るくらいの小さな記事だったが、「これがあればどこでも売れるはずだ!」と邦彦さんはその新聞を切り抜いた。

今度は、玉野市にある瀬戸内マリンホテルに電話をかけた。ホテルで提供する朝食に、自分たちの海苔を置いてもらおうと考えたのだ。

ホテルに「海苔を使ってもらいたいので、今から行きます!」とだけ連絡。美保さんを連れて軽トラを走らせた。ただ、ホテルが想像よりも遠かったため、電話をかけてから1時間ほどかかってしまう。

しびれを切らして待っていたのは、現在は料理長を務める品川勝治さん。何時に到着するのかを知らされないまま待ちぼうけを食らって、見るからに怒っていた。緊迫したムードのなか、応接室へ通された。品川さんから名刺を受け取る。しかし、ビジネスの常識を知らない2人は名刺を作っていなかった。

ひとまず海苔を差し出すと、その場で食べた品川さんから「うん、美味しい。で、見積書は?」と聞かれた。2人は「ミツモリショ……??」と、単語の意味がわからない。

美保さんのご家族と
写真提供=富永さん
美保さん(前列左)家族と邦彦さん

「名刺も見積もりもない君らをどう信用すればいいの?」

「こ、これならあります」と邦彦さんが差し出したのは、左手に握っていた新聞の切り抜き。「取材された事実があればいけるはず」と思って持ってきていたのだ。品川さんはそこで初めてクスッと笑ってくれたが、真面目な顔に戻ってこう言った。

「この海苔は信用できるけど、事前のアポも取らずに遅れてくる、名刺も見積もりもない君らをどう信用すればいいの?」

2人は返す言葉が見つからず、その日は出直すしかなかった。けれど、美保さんはめげなかった。見よう見まねで名刺と見積書を作成し、「もう(営業に)行くのやだ!」とごねる邦彦さんを引きずり、ホテルに何度も足を運んだという。

現在、瀬戸内マリンホテルでは邦美丸の海苔が使われており、品川さんとは良好な関係を築いている。また、ネット注文の他に地元の小学校の給食に卸し、道の駅や百貨店にも販路を広げ、年間12万枚を販売。焼きのりを始め、味海苔、わさび味、とうがらし味、塩味など種類も豊富だ。

海苔は全部で5種類(とうがらし、塩、味海苔、焼き海苔、わさび)
筆者撮影
受注漁のほかに海苔の生産・販売も手掛けている。全5種類(とうがらし、塩、味海苔、焼き海苔、わさび)

美保さんは、20代の頃をこう振り返る。

「昔から私たちを知っている人たちには、『お前らはニコイチでやっと一人前や。邦美丸って名前の通りだわ』って言われます(笑)。片方だけだったら、続かなかったと思いますね」

行動力がありながらも逃げ腰の邦彦さん。夫の思い付きを形にしようとする美保さん。このコンビが15年後、多くの人に認められることになろうとは誰も予想しなかった。